舞台は名古屋市。藤井と豊島にとっては地元凱旋の一局。相懸かりの力戦(定跡から外れた形になること)に進んだが、2日目から一方的な展開となる。

 豊島は後手番ながら両端の攻防を制し、流れるような手順で藤井陣を攻略した。王位は一度も見せ場を作ることなく敗れ去った。

 長考派の18歳が1時間41分もの持ち時間を残して投了したことが完敗の内実を語っていた。

「早い時間の終局になってしまったので、第2局以降は熱戦にできるよう頑張ります」

 敗局後は悔いの表情を浮かべることの多い藤井が平然と、淡々としていたのが印象的だった。

 両雄の決戦は、叡王戦と竜王戦も連なる十九番勝負となって晩秋に至る。

ついに豊島竜王への挑戦権を獲得
番勝負での戦いを素直に喜ぶ藤井

「竜王戦ドリーム」

 将棋界には、そんな言葉がある。優勝賞金が4400万円と高額であることに加え、若手でも勝ち上がれば一気にタイトルをつかむことが可能だからだ。

 初タイトルが竜王だった棋士は6人と多く、羽生善治や渡辺明も含まれる。

 藤井は、初参加の時からファンを大いに沸かせてきたものの、挑戦権にはなかなか手が届かなかったが、ついに「その時」が訪れた。

 2021年8月30日。将棋会館で、第34期竜王戦の挑戦者決定三番勝負第2局が行われた。藤井の相手は、王座を保持する永瀬拓矢。第1局で勝った藤井は初の竜王挑戦に王手をかけていた。

 相懸かりの戦いで、双方の研究がぶつかり合う展開になったが、藤井は緩急自在の指し手で優位を築く。午後8時18分、永瀬が投了。藤井は、竜王3連覇を狙う豊島への挑戦を決めた。

「藤井強し」を改めて印象づける内容だったが、記者会見に臨んだ当の本人はいつも通り控えめだった。

 竜王戦七番勝負とは逆に、豊島の挑戦を受けた王位戦七番勝負を4勝1敗で制していたが、「内容的には押されていた印象がある」。

 記者が「4勝1敗で満足する棋士もいると思う」と水を向けても、「防衛できてうれしい、という気持ちはとてもあるが、結果と内容は別。反省すべきところはちゃんと反省する必要がある」と慎重な姿勢を崩さなかった。