型破り、気さく、
不世出の人間データベース

 初めて自宅を訪れたのは1983年の夏でした。京都の大先生たちには、アカデミズムの香気に満ち、よく整理された書斎や研究室に招かれましたが、山口さんの自宅書斎は古本と資料とスケッチブックと楽譜の山脈でした。つまり、「整理術」的な理論化されたノウハウはなかったのです。ここが理系の新京都学派とは違うところでした。

 しかし、頭脳はきっちり整理され、早口で質問に答えてくれました。しかも、日本や欧米の古書店の特色と目録を全部暗記しているのではないか、と思わせるほどの人間データベースでした。

 帰り際に、「そういえば、吉祥寺のデパートで古書展をやっていて、××がありましたよ」と言いました。翌日、原稿の確認の電話を入れると、「あれから吉祥寺に行ってきたけれど、○○と××を買ったよ」と言うのです。若い編集者が口走った与太話をもとに、すぐに見に行ったというのですから驚きました。

 それ以来、1990年くらいまで、何かあれば山口昌男さんの談話をもらうという場面が増えました。90年代に入ると筆者は「週刊ダイヤモンド」へ移り、「山口昌男の世界」から遠ざかります。しかし、97年に札幌大学文化学部長として北海道へ赴任すると、おりから金融危機に見舞われていた北海道で再会しました。もちろんすぐに北海道経済についてインタビューして掲載しました。

 しばらく遠ざかっていたあいだに、『「挫折」の昭和史』(岩波書店、1995)と『「敗者」の精神史』(岩波書店、1995)で近現代日本の知られざる文化的基層を歴史人類学的に解明した大部の著作を刊行し、96年度の大佛次郞賞を受賞しています。

 2000年、札幌大学学長に選出されていた山口昌男さんに、「『週刊ダイヤモンド』で歴史から題材を得た連載を」と依頼したところ、「それなら『経営者の精神史』で」と即決してくれました。これは『「敗者」の精神史』の枝編といったところで、かなり前から暖めていたのでしょう。経済誌ですので、「ちょうどいい」と思ったのかもしれません。こうして15カ月の連載を経て本書は2004年に出版されました。「こんな面白い経営者がいたのか」と、読者がびっくりするのを喜んでいました。

 大正から昭和一ケタ生まれの型破りな文化人類学者はほとんど鬼籍に入られました。大風呂敷を広げて煙に巻いてくれるヤマグチマサオのような大学者はもう出現しないかもしれません。ご冥福をお祈りします。合掌。

 なお、山口昌男さんが世界中で集めた蔵書の一部、約4万冊は整理され、2012年春から札幌大学「山口文庫」として公開されています。

次回は4月18日更新予定です。


◇今回の書籍 7/100冊目
『経営者の精神史 近代日本を築いた破天荒な実業家たち』

激変期である明治時代には、バイタリティと遊び心に溢れる経営者が数多く登場した。しかし、時代の流れの中で、そうした魅力ある経営者の姿は忘れられてきた。本書は、新たな視点で歴史の掘り起こしを試みる山口昌男が、彼らの実像に迫った力作評論。テロリストから筋金入りのコレクターまで、明治の実業家は実に面白い!

山口昌男著
定価(税込)1,890円

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