ビジネスパーソン写真はイメージです Photo:PIXTA

働き手を募る場面で「人材」をわざわざ「人財」と表記する例は多いが、ことさら強調されると、経営者本位のうさんくさい表記にも映る。この啓発的な言葉はいつ、どこから生まれたのか。国語辞書編纂者・飯間浩明氏の分析も踏まえつつ、真相に迫った。本稿は、神戸郁人『うさんくさい「啓発」の言葉 人“財”って誰のことですか?』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。

「社員は財産」ゆえに
人材は「人財」である

「人材」を書き換えた造語「人財」。「人を大切にする」との意味合いが込められている、と解釈され、企業の採用情報などに用いられてきました。

 一方、無理やり前向きさを演出したような字面に、違和感を抱く人々も少なくありません。時に「うさんくさい」との評価を受けながら、世間に受け入れられ続けるのはなぜか?『三省堂国語辞典』(三省堂)編集委員の日本語学者・飯間浩明さんに尋ねてみました。

「実は私も、街中で『人財』を見たことがあるんです」。インタビュー開始から間もなく、そう語りつつ、自らのツイッター(現X)アカウント上の投稿を示しました。

祖師谷の海鮮居酒屋に〈人財大募集〉と掲げてあった。「人材」の誤字では、と思ったけれど、実は、「人財」は「(材料でなく)財産である人」という意味でけっこう使われているようです。政府も使っている。もっとも、採用している辞書はまだ知りません。
――飯間浩明さんのツイッター(@IIMA_Hiroaki)2012年6月18日投稿

「眺めているうちに『確かに、材料よりも財産として、働き手を捉える方が良さそうだ』と感じました」と飯間さん。いわく、同じような受け止めを示す文章は、過去に発行された雑誌にも掲載されていました。

『言語生活』1983年1月号(筑摩書房・1988年休刊)の投書欄には、化粧品会社の求人広告を見たという読者の声が紹介されています。文面にあった、「人財を求めます」との惹句について振り返る内容です。

材も財も「たから」という基本義では一致するが、材の第一義は「丸太」だから、とかく材料・原料と意識されがち。それよりは、「あなたはわが社の財産です、宝です」という訴えの方が説得力があるかも。
――『言語生活』1983年1月号

 筆者も以前、週刊誌や経済誌で「人間は財産」という趣旨の表現を見かけました。実際、特に日本経済が上り調子だった高度成長期前後は、そのような意味で盛んに使われていたのです。

知識や情報が決定的な役割り(筆者註:原文ママ)をはたす70年代では、人間はもはや“人材”というより“人財”である。つまり、なにものにもかえがたい財宝というわけだ
――『週刊ポスト』1970年6月5日号(小学館)

 上記の用例を思い出しながら、筆者は心の中で「なるほど」とうなずきました。ここまで紹介してきた記述には、「人財」の背景にある基本的な考え方が含まれていると言えるかもしれません。