「左利きは天才が多い」ってホント?「右脳神話」の横行に識者が警鐘写真はイメージです Photo:PIXTA

日本では長らく左手で箸を持つのは不作法と見なされてきたが、一方で左利きには才人や偉人が多いといった共通認識もある。「眠る右脳の潜在能力を引き出すため、左手を積極的に使う」という100年を超す議論の道のりを辿る。本稿は、大路直哉『左利きの言い分 右利きと左利きが共感する社会へ』(PHP新書)の一部を抜粋・編集したものです。

本当に左利きの脳と身体は優秀なのか?
100年以上前の「両手利き」運動の真相

 眠っている右脳の潜在能力を引き出すために左手を積極的に使おう──そんなメソッドが推奨されることもある能力開発において、とかくポジティブに受け取られることが多い左利き。

 話題ばかりが先行して「右脳神話」ともいうべき様相を呈していますが、すべての左利きに天賦の才が与えられている訳ではありません。

 おまけに紋切り型の「右脳神話」が横行しすぎると、かえって「右利き優位の社会」の問題点が雲隠れする危惧すら感じます。

 本当に左利きの脳と身体は優れているのか?手放しに左利きを賞賛するのではなく、多面体ともいえる左利きの特徴についてひもといてみます。

 脳科学の黎明期ともいえる19世紀末から20世紀初頭にかけ、国内外で両手利きの人間を養成する提案および運動が起こりました。

 代表的な例として、日本では1890(明治23)年に加藤弘之が提唱した「左手教練説」、そしてイギリスでは1903年に『両手利き』(未邦訳)の著者であるジョン・ジャクソンが設立した「両手利き文化および直立文字の協会」があります。

 賛同者に恵まれず日の目を見ることもなかった加藤の「左手教練説」とは対照的に、ジャクソンの「両手利き文化および直立文字の協会」は、著名な支持者や50人の委員が名を連ねる団体として、その主張が教育の場で採用されることもありました。

 多くの書籍ではジャクソンが創設した団体として「両手利き文化協会」のみ紹介されていますが、彼は「両手利き文化および直立文字の協会」もつくったのです。

 掲げたスローガンは「左手への公正と平等」。両手利きだけでなく、ブロック体で文字そのものを斜めに傾けない直立文字まで推奨し、左手で書きやすいよう書体の左右中立をめざした点が、当時としては画期的でした。

 また賛同者として、両手利きの人物伝に名を連ねるボーイスカウトの創始者ロバート・ベーデン=パウエル、ヴィクトリア女王直属の絵画教師で画家のエドウィン・ランドシーアといった著名人が挙げられます。

「両手利き」思想に基づく教育広まる
一方で批判や疑問視する声も高まった

 ちなみに、両手利きの推奨は左利きに右手づかいを暗にほのめかす手段として批判されがちですが、ジャクソン自身は「左利きは左利きとしてその天分を生かすべきだ」と主張。