ロジャー・スペリーをリーダーとする研究チームが、癲癇をもたらす病巣の転移を防ぐために行なった、左脳と右脳をつなぐ脳梁(のうりょう)を切断する交連切開術から、大脳半球の機能が左右非対称であることを発見したのです。

 これにより「右脳は空間や図形の認知や音楽的な能力を司る」という見解が定着し、その功績が認められ、1981年にはノーベル医学生理学賞を受賞しました。

巻き起こった「右脳神話」ブーム
「両手使い」の実践は個人の自由

 その後、偉大なる発見をもたらした基礎研究を応用するかのごとく、多くの能力開発家が独自のメソッドを展開する過程で「右脳神話」ブームが巻き起こります。

 その核たる「右脳」のかくれた能力を引き出す方法については多種多様です。スマートフォンアプリなどでのイメージトレーニングや瞑想、自然とのふれあい、本を反対から読む……。

 調べだすと枚挙にいとまがありませんが、なかでも「左手および左半身を意識して使う」という方法こそ、「右脳を刺激しやすい」という理由から好奇心あふれる右利きの人が実践しがちです。

 その背景に「左利きは左手の動きを司る右脳が利き脳だから芸術的な才能にあふれた天才が多い」「右利き優位社会で生きる左利きは、非利き手である右手を器用に使える」といった、イメージ先行型の左利き賛美があることも見逃せません。

 さらに両手づかいを実践することで得られる効能として、次のような事例を挙げる能力開発家や医師がいます。

 認知症予防、脳梗塞による半身不随でのダメージ軽減、国民医療費の低減……。また左手ではなく、右手を積極的に使うことで比較的左利きが苦手とする「左脳」的な言語能力を鍛えられるとする見解も存在します。

 あたかも混迷する社会を打開する21世紀のメソッドに見えますが、1世紀という時を経たとて、基本的な思考の枠組みは前世紀以前の両手利き推奨運動と大きくは変わりません。

 スペリーらの基礎研究によって、より脳科学的な後ろ盾が加わったバージョンアップ版ともいうべき様相を呈しています。

 ちなみに筆者の「両手づかいのすすめ」についての見解は以下のとおりです。

「否定はしない。大人が試みることは個人の自由であり効果が期待できるものの、すべての人にあてはまるわけではない。そして左利きの子どもに対する矯正の口実に利用することだけは避けたい!」