「セールストークを磨く前に、もっと大事なことがあるんです」
そう語るのは、アメリカン・エキスプレスの元トップ営業である福島靖さん。もともとコミュ障で、学生時代は友達ゼロ、おまけに高卒。そんな福島さんは31歳でアメックスに法人営業として入社するも、当初は成績最下位だった。しかし営業になる前、6年勤めたリッツ・カールトンで磨いた「お客様の記憶に残る技術」を営業でも実践したことで成績は急上昇。テレアポ、セールストーク、クロージング…営業の常識をすべて捨てて、わずか1年で紹介数・顧客満足度全国1位、表彰もされるトップ営業となった。
その経験とノウハウをまとめたのが、初の著書記憶に残る人になる-トップ営業がやっている本物の信頼を得る12のルールだ。ガツガツしなくても「結果を出せる人」になる方法が満載で、営業にかぎらず、人と向き合うすべての仕事に役立つと話題。この記事では、本書より一部を抜粋・編集し、営業がいくら話術を磨いても結果が出ない理由を解説する。(構成/石井一穂)

「必死にトークスキルを磨いたけど、無意味でした…」外資系カード会社の元トップ営業が気づいた「話術よりも大切なこと」とは?Photo: Adobe Stock

疑いの気持ちがあると、話が頭に入ってこない

 初対面の商談で挨拶も早々に「御社だけの特別な提案があるのですが~」と切り出されたら、少し戸惑う人もいるのではないでしょうか。

「なぜ会ったばかりの私に、そんな特別の話をしてくれるのだろう?」
「きっと誰に対しても同じ話をしているのだろうな」
「その商品が良いのはわかったけど、あなたの言葉を信用していいの?」

 疑いの気持ちを抱えたままでは、言葉も入ってきません。
 説明が論理的で、たしかにお得な提案であっても、言葉は頭をすり抜けていってしまいます。

あなたは「本音を話すに値する人間」か?

 それに、興味のない相手に本音を話してくれる人なんていません。

 営業の世界ではよく「お客様のニーズを聞き出すことが大事」だと言われます。
 ですがいくらヒアリングの能力を磨いても、そもそも自分のことを「本音を話すに値する人間」だと思ってもらえないと意味がありません。

 成績最下位時代、僕が「御社の課題を教えてください」と探ってみても、お客様の表情には「なんで、今日会ったばかりのあなたに教えなくてはいけないの?」という疑念が見てとれました。
「ご決断いただけない理由を教えてください」と聞いてみても、相手は当たり障りのない、その場しのぎの回答をしていると感じました。

 どう見てもアメックスのカードに変えたほうが得なのに、「今のカードで満足している」と譲らないお客様もいました。
「社内の稟議を通すのが面倒だから」といった本当の理由があったのだと思いますが、聞き出すことはできませんでした。

「気になる人」の話は、おのずと聞いてみたくなる

 一方で、最初に「この人は面白そうだ」と興味を持ってもらえると、違います。
 その後の話にも耳を傾けてもらえますし、また会いたいとも思われます。

 初めて会ったとき、「この人は他の営業とは違うな」と思わせる営業。
 商談が終わった後、「面白い人だったな」と、つい思い出してしまう営業。
「昨日、こんな人が来たんです」と、つい同僚や上司に言いたくなるような営業。

 そんな人がいたとしたら、どうでしょう。
「もっと話を聞いてみたい」「また会って話を聞いてみたい」と思うはずです。

 営業は商品やサービスについて、当然「良いこと」しか伝えてくれません。
 そんなことはお客様の側もわかっています。

 だから話の内容で気を引く前に、そもそも「話を聞きたくなるような興味を持ってもらう」ことが重要なのです。

話術を磨く前に「興味を持たれる人」になることが重要

 お客様のもとを訪れている営業は、自分だけではありません。
 おそらくほとんどのお客様は、過去に似たような提案を断ってきたはずです。

 だから会う前から「どうせまた似たような話だろう……」と感じています。
 会話の技術を学ぶことは、たしかに意味のあることだとは思います。
 ですが過去の営業とは違うと感じてもらえないと、スタート地点にも立てません。

 興味を持たれていない状態で何を伝えても、すべて無意味です。
 提案の内容も大事ですが、興味を持たれていなければ、そもそも話を聞いてもらえません。
 
言葉が相手の耳に入っていかないのです。

 何かを語る前に、「興味を持たれる人」になることが重要です。 
 だから僕は、「記憶に残る技術」を磨いたのです。

(本稿は、『記憶に残る人になるートップ営業がやっている本物の信頼を得る12のルール』から一部抜粋した内容です。)

福島 靖(ふくしま・やすし)
「福島靖事務所」代表。経営・営業コンサルティング、事業開発、講演、セミナー等を請け負う。高校時代は友人が一人もおらず、「俳優になる」ことを口実に18歳で逃げ出すように上京。居酒屋店員やバーテンダーなどフリーター生活を経て、24歳でザ・リッツ・カールトン東京に入社。同社が大切にするホスピタリティを体現し、6年間で約6000人のお客様に名前を尋ねられるほどの「記憶に残る接客術」を身につける。31歳でアメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッドに入社し、法人営業を担当。当初は営業成績最下位だったが、リッツ・カールトン時代に大切にしていた「記憶に残る」という在り方を実践したことで、1年で紹介数、顧客満足度、ともに全国1位に。その後、全営業の上位5%にあたるシニア・セールス・プロフェッショナルになる。38歳で株式会社OpenSky(プライベート・ジェット機の販売・運航業)に入社。40歳で独立し、個人事務所を設立。本書が初の著書となる。