人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

【医師が教える】モルヒネ、オキシコドン、トラマドール、フェンタニル…「医療用麻薬」ってどんなもの? 知っておくと役立つ医学の常識Photo: Adobe Stock

アヘンとモルヒネ

 驚くべきことだが、紀元前の昔に植物から生まれた薬草や生薬が、今なお医療現場で欠かせない薬として活躍している例は多くある。

 例えば、ケシの果汁を乾燥させた生薬には、痛みをやわらげ、精神を落ち着かせる作用がある。古代エジプトの時代から知られていた事実だ。

 のちに依存性が問題になり、戦争の原因にまでなったこの薬は、「アヘン」の名で知られている。 かつてイギリスの東インド会社は、中国の清にアヘンを輸出し、莫大な利益を得ていた。十八世紀末のことだ。

 だが、アヘン依存者の増加と貿易赤字の拡大に悩まされた清は、一七九六年以後、アヘンの輸入を禁止する。これを契機に、イギリスが清に仕掛けた戦争が「アヘン戦争」である。

 だが、アヘンに含まれる何が、強い鎮痛、鎮静作用を生むのかは長らく知られていなかった。

 その謎を解いたのは、ドイツの薬剤師フリードリヒ・ゼルチュルナーである。

 ゼルチュルナーは実験を重ね、一八〇四年、努力の末にアヘンの有効成分の抽出に成功する。彼はその物質に、ギリシャ神話に登場する夢の神「モルフェウス」にちなんだ名前をつけた。「モルヒネ」である。そのとき、彼はまだ弱冠二十一歳であった。

医療用麻薬のさまざまな用途

 モルヒネは、脳や脊髄などの神経系に作用し、痛みの情報伝達を抑制することで鎮痛作用を発揮すると考えられている。こうした作用を持つ物質を、今では「オピオイド」と総称する。

 アヘンの英語「opium」と、「~のようなもの」を意味する接尾辞「-oid」から、「アヘンのような物質」を意味する言葉としてつくられた単語だ。

 モルヒネ以外にも、これまでオキシコドン、トラマドール、フェンタニルなどさまざまなオピオイドがつくられ、医薬品として活躍している。

 医療現場では一般に「医療用麻薬」とも呼ばれ、特にがんによる痛み(がん性疼痛)に使われることが多い。 医療用麻薬については、「中毒になるのではないか」といった懸念を抱く人が多いのだが、適切に使用すれば依存性の心配はない。

 むしろ、飲み薬、貼り薬、坐薬、注射薬など用途に応じてさまざまな剤形があるため、非常に利便性の高い痛み止めといえる。

 また、特にモルヒネは、ドラマや小説などの偏ったイメージがあるためか、「がんの終末期に用いる薬だ」と考える人が多いが、これも正しいとはいえない。

 がん性疼痛のコントロールは、がんの治療を行うすべての人に対して必要だ。したがって、必要に応じて早い段階から医療用麻薬を使用することも多い。痛み止めを上手に使い、病気による生活の質の低下を防ぐことは非常に大切だ。

(本原稿は、山本健人著すばらしい医学を抜粋、編集したものです)

山本健人(やまもと・たけひと)

2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)
外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に19万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)ほか多数。新刊『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)は3万8000部のベストセラーとなっている。
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