書影『2035年の人間の条件』『2035年の人間の条件』(マガジンハウス)
暦本純一 著、落合陽一 著

落合 高等教育が普及するほど出生率が下がっていくという現象は、アフリカの発展途上国など、マクロでは起こっています。社会が発展すると出生率が下がるのは実際の話でもあります。あの映画では、IQが高いカップルは子どもをつくらず、IQの低いカップルほど子だくさんなので、人類がどんどんアホばかりになっていくという設定のコメディでした。

暦本 めちゃくちゃな設定のSF映画だけど、そうなる可能性がないとはいえないですよね。

落合 ある程度はそう思います。あの映画のテーマを肯定的に語れるかどうかは別にして、一抹の不安というか不気味さは感じました。

暦本 描かれているのはディストピアなんだけれど、ユーモア映画なので暗さがなくて、みんなけっこう楽しく生きている。そこは面白かったですね。

落合 そこはその通りですね。人類がバカになるというテーマではあるものの、バカか知的かというところに力点があるというよりは、それが求められる能力ではなくなったあとのハッピーな結論を見ているようでした。あの映画を見ていて思ったのは、これからAI化が進んでいくと、人類の一部だけが賢くなって、ある意味で知的能力が局在化するかもしれないということです。IQ以外の面で、すごく賢くなる人とそうじゃない人に分かれるはずなので。そもそも自分がわかっていることを一から百まで説明しないといけない人が隣にいたら疲れるので、なかなか一緒には暮らせないじゃないですか。だからコミュニティが分化する。

暦本 あの映画でも、500年後の低知能社会に蘇った主人公は、自分の話がみんなに理解されなくてウンザリしていましたね。だんだん相手の知能に合わせた説明がうまくなっていくんだけど(笑)。

落合 僕はキーボードを叩くにしても、音声入力するにしても、ユーザーインターフェースのちょっとした時間差が気になります。だから、コミュニケーションに余計な時間と手間のかかる相手は面倒くさい。そうやって会話が通じなくなっていくと、それぞれが局在化していくんじゃないかと思います。

*1
寂隠 暦本の所属する「ソニーコンピュータサイエンス研究所─京都」内に設けられた茶室。茶の湯文化の未来を見据えた研究と実証を行う。

*2
ジャックイン ウィリアム・ギブスンのサイバーパンクSF『ニューロマンサー』(黒丸尚訳、ハヤカワ文庫)に登場する言葉。コンピュータのつくり出すサイバースペースに没入することを意味する。茶室「寂隠」はこれにちなんで命名された。

*3
Kinect/キネクト ジェスチャーや音声の認識によってゲーム機やコンピュータの操作ができるマイクロソフト社のデバイス。

*4
『知能低下の人類史』(蔵研也訳、春秋社) 著者は英国の研究者エドワード・ダットンとマイケル・A・ウドリー・オブ・メニー。生物学、進化心理学、社会科学、歴史学などを統合し、現代社会における知能遺伝子の劣化のありようと、その綿密な分析から知能の歴史的展開を詳細に描いている。

*5
『オートメーション・バカ』(篠儀直子訳、青土社) 著者は米国の著述家ニコラス・ジョージ・カー。運転手がいなくても車が走り、パイロットが操縦しなくても飛行機が安全に飛び、さらには道徳的な判断さえもすべて機械が教えてくれる世界のおそろしさを描く。

*6
フリン効果 人間の知能が年々上昇している現象。日本を含む14カ国のデータを分析したジェームズ・R・フリンによると、1世代(約30年間)でIQの平均値は5~25の上昇が見られるという。

*7
『26世紀青年』 2006年に米国のマイク・ジャッジ監督によって製作されたコメディ映画。2005年に1年の予定で冬眠実験の実験台になった主人公が、アクシデントによって500年後に目覚めると、平均IQの低下によって社会は荒廃していた。原因は、知能の高い者が子づくりを控え、知能の低い者が野放図に子どもを生み続けたこと。500年前の社会では平均的なIQだった主人公は「天才」と見なされ、内務長官に任命される。