世界のビジネスエリートの間では、いくら稼いでいる、どんな贅沢品を持っている、よりも尊敬されるのが「美食」の教養である。単に、高級な店に行けばいいわけではない。料理の背後にある歴史や国の文化、食材の知識、一流シェフを知っていることが最強のビジネスツールになる。そこで本連載では、『美食の教養』の著者であり、イェール大を卒業後、世界127カ国・地域を食べ歩く浜田岳文氏に、食の世界が広がるエピソードを教えてもらう。

【レストランあるある】何時間もかけて作ったのに数秒で完食…料理人と客に「情報格差」がありすぎる件Photo: Adobe Stock

客は料理の1割も理解できていない!?

 料理人の仕事を論ずるうえで、僕が常々思っていることがあります。それは、食べ手と作り手の間には圧倒的な情報の非対称性がある、ということです。

 ほとんどの料理人は、新しい料理の開発に時間と労力をかけています。場合によっては、文献を調べたり、生産者と対話したりしてヒントを得る。西洋料理なら、数多くの構成要素がある中で、主となる食材と付け合わせのバランスも考えながら、それぞれをどう調理するか、どう味付けするか、どう盛り付けるか、落とし込んでいく。

 そして、イノベーティブな料理だったら、シェフが伝えたいメッセージやストーリーをどう表現するかも考える。海外のレストランの場合、開発担当のシェフが専任でいることもあるし、複数人がチームで担当することもあるくらい、重要なプロセスです。

 しかし、食べ手は、出てきた料理を1~2分、短いと1分もかからずに食べてしまう。アミューズなら一口で数秒かもしれない。作り手がかけてきた時間からしたら、一瞬です。作り手が何度もその料理と向き合ってきたのに対し、食べ手は一期一会。

 これで、作り手がその料理に込めた思いや考え、そしてそれを形にするために費やした労力と時間を食べ手がどれだけ理解できているかというと、僕はほぼできていないと思っているのです。

 だから、食べ手としては、常に謙虚でいたいと思っています。料理人が込めた意図の一部しか理解できていないかもしれないことを、心に留めておくべきだと思うのです。

作り手はどう客に「説明」できるか?

 一方で作り手も、食べ手との情報格差を意識して料理を作ったほうがいいと思っています。どれだけ料理を考えに考え抜いたとしても、食べ手には下手すると1割も伝わっていない可能性がある、ということです。

 最近、薪焼きを名物にしているレストランが増えています。ただ、フランス料理をちゃんと勉強してきたシェフほど、燻香をつけることをためらう。つけすぎて、食材の持ち味が消え、燻香の印象しか残らなくなるのではないかと危惧しているんだと思います。

 また、料理の印象が単調にならないように、コースに薪焼き以外の料理も織り交ぜる。料理人の感覚としては非常に理解できるのですが、お客さんはそれでどう感じるか。

 せっかく薪焼きを食べに来たのに、薪を使う料理が少ない。使っている料理も、香りが強くないから薪を使う意味が感じられない。こうなる可能性があります。食べ手は、毎日薪焼きを食べるわけではない。なので、薪焼きのレストランに行くときくらいは薪の香りを満喫したいし、薪の香りをまとった料理が続いても問題ない。そう感じるお客さんが、大半だと思います。

 食べ手は1割も理解できていない、という前提のもとに作られた料理と、9割伝わっているはずだと思っている料理とは、全く違うものになります。優れた料理人は、作り手と食べ手の情報の非対称性を踏まえたうえで、お客さんに伝わる料理を作っている。そんな印象を僕は持っています。

 食べ手に伝わる料理をする、というのが大前提として、作り手との間にある情報格差を埋める方法は、説明です。

 料理の背後にある思考やストーリー、技術を説明することで、食べ手としてはより深く理解できることになります。うまければいい、能書きは聞きたくないというお客さんには通用しませんが、知的好奇心がある食べ手であれば、有効だと思います。

(本稿は書籍『美食の教養 世界一の美食家が知っていること』より一部を抜粋・編集したものです)

浜田岳文(はまだ・たけふみ)
1974年兵庫県宝塚市生まれ。米国・イェール大学卒業(政治学専攻)。大学在学中、学生寮のまずい食事から逃れるため、ニューヨークを中心に食べ歩きを開始。卒業後、本格的に美食を追求するためフランス・パリに留学。南極から北朝鮮まで、世界約127カ国・地域を踏破。一年の5ヵ月を海外、3ヵ月を東京、4ヵ月を地方で食べ歩く。2017年度「世界のベストレストラン50」全50軒を踏破。「OAD世界のトップレストラン(OAD Top Restaurants)」のレビュアーランキングでは2018年度から6年連続第1位にランクイン。国内のみならず、世界のさまざまなジャンルのトップシェフと交流を持ち、インターネットや雑誌など国内外のメディアで食や旅に関する情報を発信中。株式会社アクセス・オール・エリアの代表としては、エンターテインメントや食の領域で数社のアドバイザーを務めつつ、食関連スタートアップへの出資も行っている。