中国の農民が行っていた盗掘
ブラックマーケットも盛んだった

 さておき、仮説にすぎなかった「羽毛恐竜」説が定説に変わった最大のきっかけは、中国における、ある化石の発見である。

 すなわち1996年に報告された体長1.3メートルほどの小型獣脚類、シノサウロプテリクス・プリマ(Sinosauropteryx prima:原始中華龍鳥)だ。

 シノサウロプテリクスについては、いかにも一昔前の中国らしい怪しげな発見エピソードが伝わっている。

 1995年、中国東北部(旧満洲)の遼寧省西部の北票市四合屯村の農民・李蔭芳が、山肌に数多く転がっている岩のなかに、奇妙な動物の化石が含まれていることに気付いた。

 現地はもともと化石がよく出る土地である。地元の農民には、農閑期になるたび地元の山に入り、化石を探して博物館やブローカーに売り飛ばす副業をおこなう化石ハンター(というよりも盗掘者)が多くいた。どうやら李蔭芳も、そうしたよからぬ生業を持つ人物だったらしい。中国の博物館は、実は現代にいたるまでこうした盗掘化石を買い取るケースがあり、また一昔前までは盗掘化石が海外に流出するブラックマーケットも盛んであった。

 盗掘の翌年、李蔭芳はこのとっておきの化石を売るために北京にやってきた。

 まずは中国の古生物研究の最高峰のひとつである中国科学院古脊椎動物・古人類研究所を訪ねて売り込んだが、反応はいまいちだった。そこで化石を、もうひとつの最高峰である中国地質博物館に持っていったところ、館長の季強(Ji Qiang)が目の色を変え、6000元(当時のレートで約7万8000円)で購入してくれた。

 1990年代の中国はまだ貧しい時代である。買い取り額は当時の中国農民の年収をゆうに上回る金額だった。とはいえ結果的に見れば、中国地質博物館は驚くべき安価で、世界的大発見のきっかけになる化石を買ったことになる。

 ただし、売り手の化石ハンター、李蔭芳もしたたかだった。彼は1体の恐竜が挟まっていた岩盤を凸部分と凹部分で2枚保有しており(押し花の上のページと下のページのようなものだ)、同一の化石が含まれたもう1枚の岩盤を、南京にある地質古生物研究所にこっそりと売っていたのだ。結果、研究の初期段階で混乱を招くことになったが、最終的に真相が判明し、この化石は学界で日の目を見ることとなる。