何を食べるか・何にお金を使うか・どこに行くか…こうした私たちの日々の決断は「自分の意思だ」と思いがちだが、実は日常に潜むさまざまな認知バイアスによって操作されているーーそう解き明かすのが、人間の行動における「リアルな心理」や「脳のメカニズム」を経済理論に応用する行動経済学だ。
この分野の知見は、公共政策やビジネスに応用されるケースが増えている一方で、人々の判断を故意に誤らせる「ダークパターン」として悪用される例も散見されており、いま注目のテーマである。
そこで今回は、「時間を忘れてのめり込んだ」「面白い話のオンパレード」と反響を呼んでいる行動経済学の入門書『勘違いが人を動かす』の著者エヴァ・ファン・デン・ブルックさんとティム・デン・ハイヤーさんに、オンラインゲームやギャンブルに潜むダークパターンについて聞いてみた。(聞き手・構成/ダイヤモンド社 根本隼)

「オンラインゲームにはまりがちな子」の親が注意しないとヤバいこと・ナンバー1Photo:Adobe Stock

いまどきのオンラインゲームは「途中でやめづらい」

――ここのところ、認知バイアスを悪用して、本人が望まない行動へと誘導する「ダークパターン」がニュースでたびたび取り上げられています。

 1回かぎりのつもりで買ったのに「実は定期購入だった」という例や、退会の手続きをあえて複雑にして妨害するケースが典型的ですが、ほかにも例はありますか?

ティム・デン・ハイヤー(以下、ティム) 個人的には、いまどきのオンラインゲームも「ダークパターン」の一種なのではないかと考えています。

 私がドンキーコングやパックマンをやっていた20〜30年前は、ゲームはネットに接続していなかったので、家で1人でプレイするのが普通でした。なので、当たり前ですが、「自分に都合のいいタイミング」でゲームを打ち切ることができました。

 しかし、いまの子どもたちは、離れた場所にいる友だちと一緒に、オンラインでゲームをやっています。その結果何が起きているでしょうか? 非常にかわいそうなことに、子どもたちは「そろそろやめようかな」と思っても、なかなかやめられずにいるのです。

 なぜなら、自分が途中で抜けると協力プレイができなくなり、友だちに迷惑をかけてしまうからです。そのため、自分の意思でゲームを中断するのが難しく、必然的にプレイ時間が長くなります

親は「ダークパターンの危険性」を認識しておくべき

――しかも、友人が目の前にいないので、「そろそろやめたい」という意思表示がなおさら難しそうですね。

ティム それも大きいと思います。これは、ゲームのあり方自体が、子どもたちの行動に「負の影響」を与えている典型例です。世界中の人とオンラインで遊べるのはメリットかもしれませんが、「やめるタイミングが自分の自由にならない」という深刻なデメリットがあります。

 子どもは周りに流されやすいので、ゲームと日常生活とのバランスを適切に保つためには、親の声がけやサポートが欠かせません。

 いまのゲームにはさまざまな「ダークパターン」が潜んでいることを、親がきちんと認識し、それを踏まえて子どもに注意喚起することが最も重要ではないでしょうか。

「手が出ないほど高いワイン」がメニューに載っているワケ

――ほかに、よくある「ダークパターン」の例はありますか?

エヴァ・ファン・デン・ブルック(以下、エヴァ) 人間が数値を予測したり判断したりする前に、何らかの数字を目の前に見せられると、その数字に影響されてしまう。この認知バイアスを「アンカリング」、もしくは「参照効果」といいます。

 たとえば、レストランのメニューに載っている一番高いワインは、2番目に高いワインを選ばせるためのおとりだというのは有名な話です。一番高いワインは、実際には店に置いていないことすらあります。

 また、数字の大きな郵便番号を入力した直後の人は、小さな郵便番号を入力した直後の人よりも、寄付金額が多かったという実験結果もあります。

 この「アンカリング」がしばしば悪用されているのが、オンラインギャンブルの世界です。

――どのように悪用されているのでしょうか?

エヴァ オランダの例を出しましょう。オランダ当局はあるとき、ユーザーによるお金の使いすぎを防止するために、オンラインギャンブルの事業者に対して「ユーザーの課金額に上限を設ける」ことを義務化しました。

「オンラインゲームにはまりがちな子」の親が注意しないとヤバいこと・ナンバー1著者のティムさん(写真左)とエヴァさん

 そこで、事業者が何をしたかというと、ユーザーが選べる課金額の上限を「1日につき5万ドル(約750万円)」とあえて高額にしたのです。

 もちろん、1日にこれほどの大金をギャンブルに費やす人はほとんどいません。しかし、「5万ドル」という高い数値をユーザーに先に見せておくだけで、課金額を高めに設定するよう誘導できます。

 こうやって、なるべく多くのお金をユーザーに使わせて、利益につなげようとしているわけです。これは、まさにアンカリングを悪用した「ダークパターン」といえます。

――行政が上限額を法的に定めてはいけないのでしょうか?

エヴァ それは、ハードルが高いですね。なぜなら、何から何まで行政が規制するのは現実的ではなく、ギャンブルにお金をいくら使うかはあくまで一人ひとりの選択に委ねなければいけないからです。

 つまり、事業者がダークパターンを使う余地は非常に大きく、行政がそこに割って入るのはかなり難しいということです。

 そういう意味で、本書で紹介したような「人間はどんなときに判断ミスをするか」という実例を、できるだけたくさん知っておくことが極めて重要です。

 そうすれば、もし企業がダークパターンを仕掛けてきても、「これはダークパターンだ」と認識し、回避できる可能性が高まるからです。

(本稿は、『勘違いが人を動かす』の著者インタビューより構成したものです。)

【著者】
エヴァ・ファン・デン・ブルック
行動経済学者。ユトレヒト大学講師。
人工知能を研究し、行動経済学の博士号を取得。大学、政府、企業での応用行動研究にお いて15年の経験を持つ。消費者がより持続可能な選択をすることができるよう、より良い行動インセンティブを設計する組織を支援している。オランダ政府のキャンペーンなどにも携わる。

ティム・デン・ハイヤー
クリエイティブ戦略家、行動デザイナー、コピーライター。広告代理店B.R.A.I.N. Creativesの創設者。
ハイネケンやイケアなど、世界的に有名なブランドの広告に20年間携わる。ニューヨークからカンヌまで、数々の賞やノミネートを獲得してきた。ライデン大学オランダ語言語学修士号。マスコミュニケーション副専攻(ユトレヒト大学)。行動デザイン(BDA)、行動経済学(トロント大学)、神経マーケティング&消費者神経科学(コペンハーゲン・ビジネススクール)の修了証書を取得。