1980年代に書かれた
電車で腹が立つことワーストテン

 筆者は「修身」や「道徳」といった学校教育の不徹底が規範劣化の原因であると述べるが、のちの記事ではその意見に対する批判があったことに触れている。そして軍事色・宗教色のない「社会マナー」のほうがよいという意見に訂正される。このように既存の原則を設定できないため、全体として執筆者の「腹の立つこと」や「不愉快なこと」という個人の経験――とくに中年以上の男性の価値観を基準にしてマナー違反者を糾弾することになる。

 たとえば、この連載のなかで「腹の立つことワーストテン」という以下のようなランキングがある。

1 有資格者が前に立っていても絶対席を譲ろうとしないシルバーシートの若者達
2 混んでいるのに自分の席を占拠し、大股を広げてびくともしないやつ
3 イヤホーンから派手に不愉快な音を漏らして平然としているやつ
4 となりの人に何度もぶっつかっても見苦しく居眠りを続ける、特に若い女
5 ロングヘアーをかき上げ、振り回し、風になびかせて他人にふりかかろうと平気なやつ
6 チューインガム、キャラメルなど大口をあけてペチャクチャ派手に音をたてて噛んでいるやつ
7 出入口の扉の両側に頑張って、出入口の巾を実質半分以下にしているやつ
8 混んでいるのに足を組んで、通路を通る人の邪魔をしているやつ
9 濡れた傘が他人のズボンなどを濡らしているのに平気なやつ
10 髪の毛、鼻、目、耳など、常にどこかさわっていたり化粧したり、ほこりをだしたり、とにかく一刻もじっとしていられないやつ

 ここでマナーとして挙げられていることの多くはめずらしいものではない。ただし、公共的な「迷惑行為」ではなく、個人的な「腹の立つこと」ランキングとして掲載されている。そして、その糾弾調のことばには「不快感」がにじむ。

 ここで興味深いのは著者のなかで、「マナーに対する神経質な視線」と「過去の車内秩序の粗雑さへの郷愁」が共存している点である。つまり、現在の鉄道規範が著しく劣化していると主張する一方で、過去の鉄道規範はきわめて粗末なものだったことも認めているのである。