関東のお嬢さま女子校でも
京大を目指す生徒が増加

 関東はどうだろうか。1980年代半ばから、桜蔭、女子学院、2000年代以降は豊島岡女子学園、鷗友学園女子、大妻、洗足学園が増えている。地元を離れることに保護者が理解を示すようになったからだろう。

 17年工学部に合格した女子(東京・お茶の水女子大学附属)は当初、京都大志望について家族の理解を得られなかったという。

「京大に惹かれつつも、娘の1人暮らしへの不安や金銭的な面から両親に反対されます。夏休み前までそのようなどっちつかずの状況が続きましたが、夏休みに家族で京都に旅行し改めて京都に魅せられたこともあり、9月頃、両親と話し合い京大を第1志望とすることを決めました」(『私の京大合格作戦2018年版』)。

 16年、女子学院から18人が合格した。鵜崎創院長(当時)はこう話す。

「たまたまです。学校側が京大をすすめたわけではなく、何人かの生徒が示し合わせて受験したのでもない。それぞれ別のクラスの生徒でしたし、受験後に、あなたも受けていたのという感じでした。それぞれが自分で考えた末、京大を受験しただけです。実際、17年は京大合格者は5人になりましたしね」(日本経済新聞2017年5月20日)。

 16年理学部に合格した女子(東京・女子学院)はこう話す。

「京都大学の自由でのびのびした雰囲気や、京都という土地に1人暮らしするという憧れを持ち、その後もイベントなどで数回京大を訪れてみて。さらに他大学を見て比べるうちに、京大に行きたいという意思が強くなり、親も応援してくれました。(略)受験指導に関して進路指導などあまりなく課題なども少なく、かなり放任だったと思います」(『私の京大合格作戦2017年版』)。

 女子学院は制服がないなど校則が緩い。同校の自由な校風は京都大に重なるものがあるようだ。

 11年理学部合格の女子(北海道・遺愛女子)は札幌出身だ。京都の環境、気候に惹かれたという。「自分は井の中の蛙だ。もっと広い世界があるはずだ」と地元を飛び出した。なぜ京都か。

「ビルばかりで空のない東京や、暑すぎる九州に行く気もない。その点、父の仕事にくっついて訪れた京都は、言葉も文化も違うのに、空もあるし雪も降るというのでいたく気に入ったのである」(『私の京大合格作戦2012年版』)。

図表:京都大に強い女子校2007-2023同書より転載 拡大画像表示