「子どもが言うことを聞いてくれなくて困る…」
これは、親なら誰しもが抱えている悩みだ。お出かけのときになかなか準備をしてくれなかったり、学校の勉強を進んでやらなかったりと、親の望むような行動を子どもがとってくれないことは多い。もちろん、子どもの行動すべてを親の思い通りにコントロールするのは適切ではないが、時には「どうすれば、もう少し言うことを聞いてくれるだろうか」と思うこともあるだろう。
そこで役に立つのが、人間の「リアルな心理」や「脳のメカニズム」をもとに、身近な人の行動をよりよい方向に誘導することができる「行動経済学」の知識だ。今回は、「時間を忘れてのめり込んだ」「面白い話のオンパレード」と反響を呼んでいる行動経済学の入門書『勘違いが人を動かす』の著者ティム・デン・ハイヤーさんに、行動経済学の知見を子育てに応用する方法について聞いてみた。(聞き手・構成/ダイヤモンド社 根本隼)
子どもは認知バイアスを知っておくべき?
――認知バイアスを悪用して、本人が望まない行動へと誘導する「ダークパターン」ですが、最近は、特にスマホユーザーの被害が目立つようです。
いまや小学生がスマホを持つことも珍しくないですが、子どものうちから認知バイアスについて学んでおくべきでしょうか?
ティム・デン・ハイヤー(以下、ティム) 認知バイアスに関する知識を増やしても、脳がそれに引っかからなくなるわけではありません。ですが、「これは認知バイアスだ」と認識できるようになれば、不本意な行動を自制することが可能になります。
その意味で、子どもたちが認知バイアスについて知っておくことは非常に重要です。オランダでは、既に「子ども向け」の行動経済学の入門書を上梓しました。
ちなみに、子どもがこの分野をきちんと理解するには、「認知バイアスがどのように働くか」という知識を覚えるだけでは不十分です。お父さんやお母さんなど身近な人を相手に、子ども自身が認知バイアスを使ってみて、効果を実感することが大事だと考えています。
――たとえば、どのように試してみればいいのでしょうか?
ティム 子どもが遊園地に行きたいのに、親がなかなか連れて行ってくれないとしましょう。子どもとしては、「何とかして親の考えを変えたい」わけですよね。そんなときには、その遊園地の写真を、家の中で目につきやすい場所に貼っておくのが効果的です。
そうすると、最初のうちは乗り気でなくとも、遊園地の写真を何度も見ることによって、親もだんだんと「面白そうだから行ってみようかな」という気になっていきます。
これは「単純接触効果」といって、人は何かを繰り返し見たり接触したりすることで、その対象に次第に好意を抱くようになるんです。企業の広告展開において、よく見られる戦略ですね。
「言うことを聞かない子」が一発で変わる“すごい伝え方”
――逆に、親が子どもに対して使える認知バイアスはありますか?
ティム 「選択の代替」はとても効果的ですね。これは、本当の問いを直接尋ねずに、「別の問い方」をすることで、相手から望ましい行動を引き出す手法です。
これは、私も自分の娘に使っています。たとえば、娘がなかなか靴を履いてくれないとき、「いつになったら靴を履くの?」ではなく、「赤い靴と黒い靴、どっちを履きたい?」と尋ねるんです。
つまり、「靴を履く気があるのか」と聞く代わりに、「『どっちの靴を履くか』の二択」を提示するのです。そうすると、「履かない」という選択肢が消えるので、すんなりと靴を履かせることができます。
この聞き方は、いろいろなパターンに応用して使えると思います。
――なかなか言うことを聞いてくれないときに、すぐ役立ちそうですね。
ティム もちろん、大人に対しても有効です。実際、この手法をうまく活用した灰皿がイングランドで設置された例があります。
その灰皿には、「世界一のサッカー選手はどっち?」という質問が書かれていて、容器は「クリスティアーノ・ロナウド」と「リオネル・メッシ」に区切られています。喫煙者は、吸い殻を捨てることで、どちらがより優れた選手かを投票できるわけです。
この質問の裏には、「あなたは吸い殻を地面に捨てますか、それとも灰皿に捨てますか」という真の問いが隠されています。しかし、その問いを直接は尋ねず、別の問いを立てたことで、望ましい選択をする(灰皿に捨てる)人が大幅に増えたのです。
「認知バイアス」というとネガティブなイメージとともに語られることが多いのですが、本書でたくさんのケースをご紹介したように、実は社会や暮らしをよりよくするのに貢献できるということをもっと知ってほしいですね。
(本稿は、『勘違いが人を動かす』の著者インタビューより構成したものです。)