『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』著者の読書猿さんが「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に回答。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら

「数学を学ぶ意味ってあるの?」という難問に完璧に答えた一冊とは?Photo: Adobe Stock

[質問]
「コンプレックスを解消するため」以外に数学を学ぶ理由を教えてください。ずっと苦手で避け続けてきた数学を先日勉強し始めました。現在小学校レベルからやり直しており、いずれ高校レベルまで習得したいと思っていますが、早速三日坊主になりそうです。数学ができない自分が嫌いで始めたのですが、かと言って数学ができないことで普段困ることもなく、ある程度できるようになったところで(この方面でのトレンドに疎いこともあり)どう役に立つのかイメージできません。英語を学べばより多くの情報にアクセスできるようになる、世界史を学べばニュースがよくわかるようになるといった、わかりやすい(?)メリットのようなものは数学にもあるのでしょうか。「このために数学を勉強しているんだ」というような前向きな理由が持てるようになりたいです。

数学は、多くの本を読むために必要な言語です

[読書猿の回答]
 まさにこの問いに答えるために『独学大全』の第4部を書きました。
 以下、ほとんど『独学大全』第4部の数学のパートに書いたことのリライトですが、参考にしてください。

 まず数学は、ほぼすべての自然科学と大半の社会科学、そしてかなりの人文科学で用いられる、最も成功した人工言語です。

 この言語は、自然言語で扱い難い事柄を表現し推論する力、推論の正当化を証明という形で標準化することで時代や文化を超えて知見を伝える力を備え、知的世界の境界を押し広げる一翼を担ってきました。

 数学に背を向けることは、人類の知的遺産の大半にアクセスする可能性を捨てることです。学習者の観点から見ると、数学を「読み書き」できれば、どの自然言語にも増してアクセスできる知的資源が拡大すると言えます。今後、数学が活用される分野・領域は、広がることはあっても狭まることは考えにくいでしょう。

 加えて言えば、英語のような自然言語と違い、人工言語たる数学には、母語としてそれを使う人、ネイティブスピーカーがいません。生まれたときから第一言語として英語を使ってきた人たちに、第二言語として学んできた後発の学習者が伍することは容易なことではありませんが、数学ならば、才能の差は(時に非情なほど)あるとしても、誰もが意識的にトレーニングを積んで身に付けることができるでしょう。自然言語のような生まれによるアドバンテージはないというだけでも、この強力な言語を学ぶ意義の一つになると思います。

 英語のmathematicsをはじめ、西洋諸語で数学を意味する言葉の多くは、ギリシア語の“μανθάνω”(manthano、学ぶ)という動詞に由来した、“μάθημα”(mathema)、複数形“μάθηματα”(mathemata)「学ばれるべきもの」という言葉を語源とします。
 学ばなければ誰も理解することも味わうこともできないもの。だからこそ数学は、学ぶ人全員に開かれています。

 蛇足ながら付言すれば、あなたや私が、普段数学しなくても困ることがないのは、我々の代わりに誰かが数学してくれているからです。
 電子体温計はあなたの口の中で微分方程式を解き、携帯電話のGPSは現在地を割り出すのに連立方程式を解いています。