人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1300万PV超、X(旧Twitter)(外科医けいゆう)アカウント10万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)から「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されている。今回は、「山本先生、人体や医学のことを教えてください」をテーマに、弊社の新人編集者による著者インタビューをお届けする。取材・構成/菱沼美咲(ダイヤモンド社書籍編集局)。
一番痛い病気が怖い病気とは限らない
――医師から見て、「一番痛い病気」ってありますか?
山本健人氏(以下、山本) これは難しい質問ですよね。痛い病気はたくさんあります。痛みには個人差が大きいので、どれがどのくらい痛いかという序列をつけることはすごく難しいです。それと、痛みの重さと病気の重さって全然比例しなくて、「とても痛いけど病気としては軽い」というパターンと「命に関わるけど全然痛くない」というパターンがあります。医師はそのことを知っているので、痛いから怖い病気とは思わないんです。
ただ、患者さんを見ていると、とても痛そうだと思う病気の代表格が2つあります。1つは尿路結石です。尿路結石の患者さんは、ベッドの上でのたうち回るぐらい痛がります。でも尿路結石で命を失うまでに至る人はめったにいないので、その痛みの強さと病気の重さが比例しない病気と言えます。
もう1つは、腹膜炎です。腹膜炎は、お腹の中の感染症の総称なので、色々な病気が原因で腹膜炎になります。腹膜炎も痛みがかなり強い病気です。ただ、尿路結石の痛みとは異なり、ちょっとでも動くと痛いので患者さんは脂汗をかいてじっと動かないんです。腹膜炎は命に関わることも多い怖い病気です。同じように痛みの強い病気でも、2つの痛みの雰囲気は違うんですね。
痛みはないが怖い病気
――逆に、痛みのシグナルが全くないけど怖い病気はありますか?
山本 例えば、膵臓がんは痛みの症状が乏しい病気です。膵臓のがんは、膵臓が「沈黙の臓器」と言われている通り、ものすごく進行するまで全く痛みがありません。膵臓がんのみならず、がんは痛みを伴わないものが多いので、大腸がんや胃がんもかなり大きくなるまで症状がでません。実はがんって、かなり命に関わる病気でも症状がでにくいことが多い病気の代表例なんです。
遺伝しやすい病気とその対策は?
――遺伝しやすい病気とその対策があれば教えてください。
山本 多くの病気は、遺伝的因子と環境因子が組み合わさった結果、発症します。つまり、遺伝的に病気になりやすい素因があって、そこに環境因子が合わさって病気になるということです。どの病気がどのくらい遺伝に関わっているかということを数値で表現することは難しいんです。
ただ、単一の遺伝子が原因になって発症する病気は、次の世代に遺伝するリスクがある程度予測できます。ただ、そういうタイプの遺伝性疾患の頻度はとても少ないです。例えば、『すばらしい人体』にも書きましたが、遺伝的な理由で100%の確率で大腸がんにかかる病気があります。このケースでは、予防的に大腸を全部切除する必要があります。他にも、俳優のアンジェリーナ・ジョリーさんのように、遺伝的にがんにかかる確率が高いと見込まれて、予防として乳房や卵巣を取る人はいます。
それから、遺伝が原因で起こる病気は、診断に慎重さを要します。なぜなら、患者さんが遺伝性の病気だと診断されたら、その患者さんの子どももその病気のリスクにおびえることになってしまう。なので、遺伝カウンセラーが患者さんと密に相談するのが一般的です。例えば、もし遺伝的に100%がんになる遺伝子を両親が持っていると知ったとしたら、その瞬間から人生は変わりますよね。自分のライフプランに大きな影響を与えるはずです。
だからこそ、遺伝子の検査は軽々しく行うものではないんですね。
(本稿は、『すばらしい人体』の著者・山本健人氏へのインタビューをもとに構成した)