「企業変革のジレンマ」をいかに克服するか(第2回):ナラティヴ、対話、ケア写真提供:宇田川元一氏

「イノベーションが生まれない」「利益率が低下し続けている」――多くの日本企業が長年悩む課題に、新しい企業変革論で挑み、具体的な解決策を提示する話題の書『企業変革のジレンマ―「構造的無能化」はなぜ起きるのか』(日本経済新聞出版、2024年)。その著者、宇田川元一・埼玉大学経済経営系大学院准教授にインタビューした。全5回の連載でお届けする。第2回は、「ナラティヴ・アプローチ」や「対話」、「ケア」といった具体的な対応策について論じられる。(聞き手・文/ダイヤモンド社 論説委員 大坪 亮)

ナラティヴ・アプローチで
企業変革

――既存の企業変革論の多くは、確立された理論を元に、理詰めで論じます。問題を発見したら、機械論的あるいは外科的に当該箇所を処置するというイメージです。一方、本書は、内科医的アプローチのように思えます。対処策として示される「対話」や「ナラティヴ・アプローチ」については、宇田川先生の最初のご著書『他者と働く』(NewsPicksパブリッシング、2019年)では、「準備―観察―解釈―介入」という具体的なプロセスを示され、それを本書では企業変革に絞って適用しています。

 同書と『組織が変わる』(ダイヤモンド社、2021年)、新著の3冊を読んでくださったクラシコム社長の青木耕平さんが、「今回の本を読んで、ナラティヴという言葉の意味がよくわかった」と言ってくださいました。それまでは、ある種のセラピーの延長線上としての認識だったのが、経営学者のピーター・ドラッカーが言った「位置と役割を作る」基盤としてナラティヴがあり、どう組織を構築していくかを理解したと言われたのです。

 つまり、個人が会社あるいは社会で、どういう位置と役割があるのかを実感できるようにすること。その方法として、ナラティヴや対話が大切だということです。

 本書『企業変革のジレンマ』では、「ナラティヴ・アプローチとは何か」というコラムを設けて説明しています。1990年代以降、「ナラティヴ・アプローチ」と呼ばれる対話を通じて、人々へのケアを行う研究と実践が医療や福祉、臨床心理などの領域で行われています。

 社会心理学を研究するケネス・ガーゲンは、「私たちが自明なものと考える社会的現実(常識や規範などの社会的に共有された事象)は、語る行為の連鎖によって生成される」という認識を示し、新たな現実を生成する実践としてのナラティヴ・アプローチを紹介しています。

 今日の日本企業では、会社の中での位置と役割を実感できるナラティヴが喪失され、それを再構築するための対話という機能が痛んでいると思うのです。

 なぜ仕事をするか、数字を追うということを超えた意義を実感しづらい、という話になると、パーパスとかミッションとかが大事だという話になりがちです。それも良いと思うものの、一方で、もっと地に足の付いたアプローチも必要です。パーパスやミッションがいくら正しい内容であっても、そこに社員の自発性がないと機能しないからです。

「企業変革のジレンマ」をいかに克服するか(第2回):ナラティヴ、対話、ケア

 

――本書では、企業変革論の傑作として『V字回復の経営』(三枝匡著、KADOKAWA)を挙げられて、本研究の企業変革論と対比しています。

『V字回復の経営』は大好きな本で、描かれた状況は今でも、あちこちの企業で起こりえます。実体験に基づく貴重な本だと思います。ただし、そこに描かれた状況は急性疾患で、ある意味で社員のナラティヴがある程度揃っているのです。「この改革を実行して、成功させないと倒産する。だから、やるしかない」と。社員間に時間差はあったと思いますが、ある段階からはナラティヴの統合度合いは高かったはずです。

 しかし、今日の多くの企業は慢性疾患的状況にあります。つまり、何が問題なのかがよくわからない多義的な状況にあり、それ故に、何をやるべきなのかも見えてきません。さらには、足元では別に業績もそんなに悪くないから、変革を今すぐしなければならないという決め手にも欠ける。つまり、変革の実践上の複雑性が高い。

 しかも、とりあえず今は業績も悪くなく、数年はやっていけてしまうので、なぜやらないといけないのか、という感覚もどこかでつきまといます。つまり、変革への「自発性」は望めない。こうした状況での企業変革は、とても難しいのです。