2022年11月、内閣主導で「スタートアップ育成5か年計画」が発表された。2027年をめどにスタートアップに対する投資額を10兆円に増やし、将来的にはスタートアップの数を現在の10倍にしようという野心的な計画だ。新たな産業をスタートアップが作っていくことへの期待が感じられる。このようにスタートアップへの注目が高まる中、『起業の科学』『起業大全』の著者・田所雅之氏の最新刊『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』が発売に。優れたスタートアップには、優れた起業家に加えて、それを脇で支える参謀人材(起業参謀)の存在が光っている。本連載では、スタートアップ成長のキーマンと言える起業参謀に必要な「マインド・思考・スキル・フレームワーク」について解説していく。
「虫の眼」とは、
虫のように地に足をつけて細かく物事を見る視点
起業参謀に必要な5つの眼の2つ目「虫の眼」とは、虫のように地に足をつけて細かく物事を見る視点のことである。
顧客一人ひとりの心理やインサイトに迫り、その解像度を上げることだ。そのためには、顧客のことを常に手触り感/臨場感のある1人の人物(ペルソナ)として捉えることが非常に大事だ。
また、ターゲットとなる顧客の心境や状況は刻一刻と変化していく。それを把握し、受け止め、常にプロダクトにフィードバックしていくことが勝ち続けるために必須になる。
持続的イノベーションと破壊的イノベーション
「まだ、誰も解決できていない重要な課題を解決すること」がスタートアップの使命である。ここからは、真の課題を見つけ、課題の質を高めていくフレームワークを解説していく。
前提として理解しておきたいコンセプトを紹介しよう。
「破壊的イノベーション」と「持続的イノベーション」だ。
持続的イノベーションとは、既存の顧客満足のために、現在すでに存在している製品に起こす改善のことだ。
たとえば、石油/ガソリンをベースにした乗用車は、100年前にヘンリー・フォードがT型フォードで量産に成功して、それ以降デザインや機能が様々な変遷をたどった。「内燃エンジンで動く」「4つの車輪がある」など基本的なフォームは、今も変わっていない。
現在は、自動車は成熟した非常に大きな市場になっている。多様な車種、好みに合ったスタイルやカラーなどをユーザーは自分の好みに合わせて購入していく。商品に関する情報はすでに多くあり、スタイリッシュで、燃費が良くて、安全など、どういう車が価値があるのかはすでに定義されている。そこに対して、各社がしのぎを削ってきた。
下図は、従来の車をユーザーに届けていくバリューチェーンだ。ここでの焦点は、それぞれのプロセスの効率性を高めていき、利益率を最大限にすることだ。
こういった確立されたバリューチェーンがあり、車の場合は、そこにパーツや原材料を提供する階層構造(ティア:Tier)を構成して、すり合わせをしながらプロダクトを作っていくことが重視された。
ただ、自動車業界を巡る外部環境やパラダイムは大きく変化している。「CASE」と呼ばれる新しいコンセプトが自動車業界に生まれ、自動車の概念が大きく変わろうとしている。
CASEとは、Connected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared&Services(カーシェアリングとサービス/シェアリングのみを指す場合もある)、Electric(電気自動車)の頭文字を取った造語だ。変革の時代を迎えている自動車産業の動向を象徴するキーワードであり、ハード面における自動車の物理的変化とともに、異業種を交えたモビリティサービスの重要性を示唆するものとなっている。
自動車業界に破壊的イノベーションをもたらすTesla
新しい局面を迎えた自動車業界において、破壊的イノベーションを起こしているのがTeslaだ。従来の車の開発において重視されたのは、すでに定義。従来のガソリン車は系列を形成するバリューチェーンの中で、機能の付加とコストの削減された価値の軸に基づき「機能を足すこと」だったに腐心してきた。
かたや、Teslaの起こしているイノベーションは「引き算」だ。従来の車にあったがTeslaが「引き算」したものの一部を挙げると、エンジン、ガソリンタンク、オイルタンク、ギアシフト、パーキングブレーキ、ライトのOn/Offスイッチ、電源のOn/Offスイッチ、鍵と鍵穴、各種ボタン(タッチパネルに集約されている)、ガソリンスタンドで並ぶこと、などがある。
つまり、これまで車に対して行ってきた様々なタスクが簡略化されたのだ。車に近づけば自動的にドアが開き、降りて離れれば自動的に鍵がかかる。駐車した時もパーキングブレーキを引く必要もないし、出発するのもアクセルを踏むだけでシンプルだ。ライトを消し忘れても後から消せる。
こういった引き算の結果、Teslaの車を構成するパーツも従来の自動車に比べてかなり少なくなった。
スマホ操作のように、
負荷とストレスのない移動体験を提供
Teslaの場合は、まさにiPhoneのアプリアップデートのように車を購入してから車載のソフトウェアがどんどん自動的にアップデートされていくので、車の機能や価値が高まっていく。従来の車の目的は快適な運転をすることがメインだった。
一方でTeslaの場合は、スマホ操作のように、負荷とストレスのない移動体験を提供している。図で表すと以下のようになる。まさに新しい独自価値を提供し、破壊的イノベーションを体現している事例だろう。
Teslaが起こしているイノベーションは、自動車そのものの再定義だ。
バリューチェーン/階層構造で擦り合わせながら、どんどん機能を付加するという従来の車から、従来の機能をなくし、スマホのようにアップデートされる移動手段というように再定義したのだ。
(※本稿は『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社ユニコーンファーム代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップなど3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動。帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップの評価を行う。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。2017年スタートアップ支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役CEOに就任。2017年、それまでの経験を生かして作成したスライド集『Startup Science2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。2022年よりブルー・マーリン・パートナーズの社外取締役を務める。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』(ダイヤモンド社)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『超入門 ストーリーでわかる「起業の科学」』(朝日新聞出版)などがある。