一方の津村は、青森の駅に降り立ったとき、駅名標の片方に次の駅名がないのに目が止まった。終着駅だからだ。根室に着いたときも同様だった。青森は本州の果て、根室は日本の果てだと思った。

 次第に東京から離れ、厳しい冬へと向かう北へ北へと流浪する。観光旅行ではなく行商で渡る北海道は、内地で食いつめた者が流れていく感が強かった。

〈船底の3等船室は、行商の人たちの背負う大きな荷物と、魚の匂いでいっぱいだった。そそけた畳の上で夫の躰にもたれながら、出帆のどらの音を聞いた。冬を迎えて北海道へ渡る心細さが胸にこたえて、物も言えなかった。〉(『みだれ籠』文春文庫)

希望を見出せない苦難のなかで
お腹には新しい生命が宿る

 根室に着いたのは夜で、駅前はさびれていた。すぐに空き店舗を探し、1日1000円で借りて、1週間分を前払いした。新聞に折り込むチラシの印刷を頼み、紙と絵の具を買ってポスターを描き、人が集まる銭湯にも貼りに行った。泊まるのは布団が汚れた木賃宿で、宿の風呂場で洗濯しても、洗濯物はなかなか乾かない。荷物はリヤカーに積んで、吉村が引き、津村が後ろを押した。