「一生こういうことはすまい」
『愛染かつら』高石かつ枝役秘話

 1940年に入り、笠置は浅草国際劇場でのSGD2月公演、グランドショー『愛染かつら』に出演することになった。『愛染かつら』は1938年、川口松太郎原作の小説が松竹で映画化されて9月に封切られるやいなや、西條八十作詞、万城目正作曲の主題歌「旅の夜風」とともに日本中大ヒットとなり、1939年にはあちこちの軽演劇団で亜流やパロディー劇が演じられるようになった。SGDでもこれを取り上げ、笠置が高石かつ枝の役を演じたのだが、このときのことを笠置は戦後、雑誌にこう書いている。

「自分の経験でつらかったことは、楽劇団にいたとき、『愛染かつら』を国際劇場でやったのですが、一生こういうことはすまいと思いましたね。どうしても『愛染かつら』の高石かつ枝ではないと、再三、大谷さんにおことわりしたのですが、その当時は『愛染かつら』の嵐でしたから、どうしてもうちでやるといわれました。はじめストーリーが浪曲まじりであったりして、いろいろ先生方が苦心してくださいましたけど、やはり所詮私らのものではありませんでした。じっさい、着物を着て舞台に出て……どうも『愛染かつら』の高石ではないですよ。これには参ったな。いまだに思い出すと、気持ちが悪いですね」(『軽音楽の技法 上巻』より「修業の回想」、婦人画報社、1948年)