「頭の中に豊かなアーカイヴを作れ」
そう語るのは、インプットの最強技法と意識改革をまとめ、大手書店でベストセラーランキング上位にランクインしている書籍『インプット・ルーティン 天才はいない。天才になる習慣があるだけだ。』の著者・菅付雅信氏。
菅付氏は坂本龍一や篠山紀信などの天才たちと数々の仕事をこなし、下北沢B&Bでの<編集スパルタ塾>、渋谷パルコの<東京芸術中学>、博報堂の<スパルタ塾・オブ・クリエイティビティ>や東北芸術工科大学でクリエイティヴについて教えている&
本連載ではその菅付氏に、クリエイティヴの本質についてさまざまな角度から語って頂く。第6回は、一流クリエイターの創作活動の様子を横で見てきた彼が「天才と呼ばれている人たちはアイデアが突然降ってきているのではなかった」と話す理由について。(聞き手、文/ミアキス・梶塚美帆、構成/ダイヤモンド社書籍編集局)
天才の創作の秘密
映画や漫画に天才らしきキャラクターが登場すると、「素晴らしいアイデアがひらめいた!」といったような、アイデアが突然降ってくる瞬間が描かれることがあります。あれは誇張だと僕は思っています。ありえそうですが、実際にはほとんどないことです。
現実で似たようなことが起きるとしたら、空からアイデアが降ってきたのではなくて、元々頭の中にあったものがいい形で出てきたということです。
音楽家の坂本龍一さんもそうでした。僕は学生時代のアルバイト編集者の時から付き合いが始まり、晩年まで仕事でよくご一緒してきましたが、彼がさまざまなアイデアを出す瞬間に何度も立ち会いました。
誰もが知っているように、坂本さんはYMOの曲を含め、ソロでも素晴らしい名曲をいくつも生み出しています。でもそれらは、空からアイデアが降ってくるように作っているわけではないことがわかりました。どの曲も、彼が膨大にインプットしたネタがいい形で組み合わさってできているのです。
たとえば坂本さんの代表曲『戦場のメリークリスマス』のメインテーマがそうでしょう。
坂本さんの頭の中には、賛美歌も含めた西洋のクリスマス・ソングに関する楽曲のデータベースが膨大にあります。さらに、インドネシアの民族音楽であるガムランや、アジアのペンタトニック=5音音階なども、YMOの頃から何度も取り入れています。
『戦場のメリークリスマス』の舞台となっているのは、インドネシアのジャワ島です。そこの捕虜収容所を舞台にしたクリスマス・ソングを作るとしたらどんなメロディがいいか、彼の頭の中にインプットしているものを掛け合わせて作り出すわけです。
歴史に残る素晴らしいメロディは、坂本さんのインプットの豊かさによって生まれたと言えるでしょう。
篠山紀信の質問攻め
また写真家の篠山紀信さんとも長く仕事をしました。彼は芸能人のポートレイトからヌード、ランドスケープ、ドキュメンタルな撮影まで、ありとあらゆる領域を横断して活躍した写真家ですが、その飄々とした振る舞いの一方で、実は貪欲にハードにインプットし続ける日常を送った人でした。
とにかく、日頃たくさんの人に会って会食し(その多くは芸能人やクリエイター)、内外を含む大量の雑誌に目を通し、映画や芝居をひんぱんに観て、音楽も浴びるように聴き、周りの人に「最近何が面白い? 誰が面白い? 何を観ている?」と質問攻めのように尋ねて、それらをヴァキューム・カーのように吸収する人でした。
しかし、僕を含め篠山さんの周りの人は、篠山さんに吸収されるのが楽しくなるような気分になるのです。「自分が、自分のネタが篠山紀信のインプットになり、それがすぐに高精度でアウトプットされる」、そういう時代の高性能アウトプット装置に関わっている快感とでもいえるでしょうか。
その篠山さんの膨大なアウトプット力は、他の写真家とは桁違いのインプット力によるものだと強く思います。
天才になりたければ、ネタをストックせよ
拙著『インプット・ルーティン 天才はいない。天才になる習慣があるだけだ。』では、天才になるためのハードな知的インプットの習慣を紹介しています。
そんな本を出している僕は、残念ながら天才ではありません。ただ、第一線に居続けるプロである、という自負はあります。
理由をひとつ挙げるとしたら、アイデアを求められたら、ほぼ即答で出すことができます。それはインプット・ルーティンを日々実践しているからです。僕の頭の中には膨大なデータの蓄積──それを「アーカイヴ」と呼びます──があり、「AとBを掛け合わせたら、革新的なCになりそうだ」といったアイデアをいくつも出すことができるのです。
そして、もしも自分からいいアイデアが出せない時も、誰に聞けば、または誰とコラボすれば、いいアイデアが出せるかがわかってますし、そういう人脈を持っています。
編集者という職業はすべて自分一人で考えて結論を出す仕事ではなく、多くの人との共同作業です。ですので、どういう風に人と共同して課題を変換し、いいかたちでアウトプットするか、それを常に考えて準備しているので、「アウトプットのやり方がわからない」と困ることはほとんどありません。
他のクリエイティヴな仕事もそうです。たとえば腕のいい料理人、それもガストロノミーの料理人なら、常に食に関する情報をインプットをしつつ、魚河岸に行って「この魚が手に入ったら、あんな料理を作りたい」と常に思考しています。だからこそ、初めて扱う食材でも傑出した料理を作ることができるのです。
ハードなインプットを続けてネタをストックし、組み合わせを試行錯誤する。
その組み合わせ作業を普通の人より桁違いにやってはじめて、天才への道が開かれるのです。
(本記事は『インプット・ルーティン 天才はいない。天才になる習慣があるだけだ。』の著者・菅付雅信への特別インタビューをまとめたものです)
編集者/株式会社グーテンベルクオーケストラ代表取締役
1964年宮崎県生まれ。『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』の編集長を務め、現在は編集から内外クライアントのコンサルティングを手がける。写真集では篠山紀信、森山大道、上田義彦、マーク・ボスウィック、エレナ・ヤムチュック等を編集。坂本龍一のレーベル「コモンズ」のウェブや彼のコンサート・パンフの編集も。アートブック出版社ユナイテッドヴァガボンズの代表も務め、編集・出版した片山真理写真集『GIFT』は木村伊兵衛写真賞を受賞。著書に『はじめての編集』『物欲なき世界』等。教育関連では多摩美術大学の非常勤講師を4年務め、2022年より東北芸術工科大学教授。1年生600人の必修「総合芸術概論」等の講義を持つ。下北沢B&Bにてプロ向けゼミ<編集スパルタ塾>、渋谷パルコにて中学生向けのアートスクール<東京芸術中学>を主宰。2024年4月から博報堂の教育機関「UNIVERSITY of CREATIVITY」と<スパルタ塾・オブ・クリエイティビティ>を共同主宰。NYADC賞銀賞、D&AD賞受賞。