各部門に分散していたデザインを本部機能として統合
この状態から脱するには、個人裁量に任されていたデザインの役割をもう一度整理し、あらためてデザインのミッションを明確に定義すること、そしてデザインの力が最大限に発揮される環境を整えることが必要だった。検討の結果、「デザイン本部」を新たに設置し、そこに全てのデザイナーを再統合することとなった。そしてその本部長、すなわちNECのデザイン部門のトップとして、白羽の矢が立ったのが、私だった。
プロダクトデザインから新規事業のデザインへ――私に相談を持ち掛けてきた既存メンバーが示した方向性自体に異存はなかった。しかし、その先があるだろうと私は考えた。デザインは「事業」だけではなく、「経営」の一機能であるべきである。デザインは企業の価値を高めるために活用されるべきである。それが私の考えだった。〈「デザイン経営」宣言〉にもそのような方向性が示されていることは、前回述べた通りである。そのようなチャレンジができるなら、私がNECに戻る意味はあると思った。私は二十数年ぶりにNECに戻ることを決めた。20年5月のことだった。
NECに戻った私が最初に手掛けた仕事は、デザインチームの基盤づくりだった。まず、グループ内の各部門で仕事をしていた全デザイナーを、デザイン本部に集結させた。これは「個」ではなく「群」の力で戦わなければならないというメッセージでもあった。
NECのデザイン総体の力を最大化するために必要なことは、あらゆる案件について、複数のメンバーが一緒になってデザインの本質的な方向性を探り、知見を持ち寄り、ブラッシュアップし、その経験を共有する作業である。それを実現するために、仕事の進め方を変え、チームを再構築し、デザイナー同士が対話できる会議体を整備していった。
BtoBとなったNECに求められるブランディングとは
チームの基盤づくりと並行して私が進めたのが、デザインの力に対する認識を社内に広める作業だった。NECにおけるデザインの役割を示すために私が作った1枚の図がある。デザインは「ブランド」と「ビジネス」と「イノベーション」の三つに関わることをシンプルに示した図である。私が招聘される前のNECでは、デザインが担うのはビジネスとイノベーションの二つの領域であると考えられていた。ビジネスの領域においては、個々の事業部門と連携し、サービスや製品や営業ツールのデザインをすること。イノベーションの領域においては、新規事業開発部門や研究開発部門と連携して新しい事業を創出すること。それがデザインの役割だった。
一方で、ブランドの領域では大きなチャレンジが求められた。当時のブランディングはマーケティング部門が担っており、デザイナーの仕事は製品やサービスのマーケティングに関するものが中心だった。しかし、BtoBに軸足を置いたコングロマリットとしてのNECに求められるブランディングとは、会社の事業全体の価値向上に資するものでなければならない。そのためにはデザインが担う範囲を企業ブランド全体に拡大する必要がある。そこで私は、デザインを全社機能とする取り組みを始めた。
もちろん、そのような考え方が社内ですぐに受け入れられたわけではない。ブランド戦略とは何か。これまでのブランディングとは何が違うのか。企業のブランド活動にデザインを活用するとはどういうことか――。私はそれらの問いに一つ一つ丁寧に答えを示しつつ、デザインの機能を広く活用する必要性について、全役員との対話を重ねた。それを私は「デザイン行脚」と呼んでいた。
そういった一つ一つの取り組みが実を結んで、21年にデザイン本部は「コーポレートデザイン本部」となり、デザインがNECの全社的な機能となった。これは大変に大きなジャンプであったと思う。私がNECに戻って2年目のことである。