2022年11月、内閣主導で「スタートアップ育成5か年計画」が発表された。2027年をめどにスタートアップに対する投資額を10兆円に増やし、将来的にはスタートアップの数を現在の10倍にしようという野心的な計画だ。新たな産業をスタートアップが作っていくことへの期待が感じられる。このようにスタートアップへの注目が高まる中、『起業の科学』『起業大全』の著者・田所雅之氏の最新刊『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』が発売に。優れたスタートアップには、優れた起業家に加えて、それを脇で支える参謀人材(起業参謀)の存在が光っている。本連載では、スタートアップ成長のキーマンと言える起業参謀に必要な「マインド・思考・スキル・フレームワーク」について解説していく。

顧客を深く理解するためのモチベーショングラフとはPhoto: Adobe Stock

モチベーショングラフは
顧客理解を深めていくフレームワーク

 新しい事業を作るためには、顧客理解が欠かせない。そのために、活用できる「モチベーショングラフ」というフレームワークを解説していく。

 顧客理解は、思考と行動の定量的、定性的な理解からなされる。そのための王道的な手段としては、インタビューやアンケート、オブザーブ(顧客の行動観察)、ジョブシャドーイング(一日同行して共に体感するなどして理解すること)が有効だ。

 定量的な理解でいえば、実際にプロダクトやサービスを使っている際のログをとってみるということも有効な手法である。

 モチベーショングラフは、生活やオペレーションの1シーンを切り取って、そこに対して、顧客理解を深めていくフレームワークである。

「顧客の思考」と「顧客の行動」を
クロスで理解する

 よりユーザーのことを深く理解するには、顧客の思考と行動をクロスで理解することが重要になる。下図の通り、それを可能としたのがモチベーショングラフである。モチベーショングラフと同様、思考と行動の理解を深めるフレームワークの1つに「カスタマージャーニー」がある。 

 ただ、カスタマージャーニーには大きな制約がある。通常インタビュー/アンケート/オブザーブなどを集約する形で、カスタマージャーニーを描いていく。

 ただ、これを描くのは事業を立ち上げる起業家本人だったり、自社のメンバーだったりするので、どうしても、「自分たちに都合のいいよう」に書いてしまうケースが散見される。

 私は、これでは顧客インサイトを捉えられないと考えており、そこを解消するために、エンドユーザーに書いてもらうモチベーショングラフというフレームワークを開発した(下図)。

 モチベーショングラフはエンドユーザーに書いてもらうためのものだ。書き方は非常にシンプルだ。詳細に関しては、後ほど解説するが、ざっくりいうと以下の手順になる。

 1.シーンを切り出す
 2.そのシーンで、ユーザーが感じるネガティブとポジティブを線とその傾きで表現してもらう
 3.なぜ、その傾きになったのか、要因(ドライバー)を書いてもらう

 たとえば、以前に紹介したおむつに漏らしてしまうことを防ぐデバイス、DFreeの事例を考えてみよう。おむつをつけて漏らして汚してしまうのを防ぐためのモチベーショングラフを書いてみた。上図をご覧いただきたい(本来ならインタビューを実行してユーザーに書いてもらうのが良いが、説明の目的で想像して書いたものである)。

 モチベーショングラフを通じて、ユーザーはアップダウンを表現する。強い痛みを感じるようなダウンや、強い喜びを感じるようなアップを表現する場合もあるだろう。そこに対して、もし有効な代替案が存在しないのならば、大きなビジネスチャンスがある。

 ただ、経験上言えるのが、そういった大きなダウン(明らかな痛み)に対しては、すでに何らかの十分な手当(既存ソリューション)がされている場合がほとんどである。

「ユーザーがあきらめている状況」を見逃さない

 一方で、なだらかなダウンについても見逃さないことである。上記のおむつをつけるシーンを考えてみよう。おむつをつけないと、漏らして周辺を汚してしまうという非常に大きな痛みがあるので、「仕方なくつけている」という状況だ。

「イノベーションの種は『ユーザーが諦めていること』に存在する」
 ――高岡浩三

 出典:『イノベーション道場』高岡浩三著、幻冬舎より

 もし急激にグラフが落ち込んでいれば、ユーザーも慌てて対処法を探すだろう。しかし、多くの場合、顧客の商品・サービスに対する充足感への下がり方はなだらかなものである。これが、まさに「ユーザーが諦めている状況」だ。

 こういった、普段はなかなか言語化しにくい(もしくは、言語化したくない場合も多いだろう)ユーザーの心の機微に、イノベーションの種が眠っているのだ。

 たとえば、Zoomが他のオンライン通話サービスに比べて何が優れているかというと、発行したURLをワンクリックで開始できる「簡便さ」である。

 これまでのSkype、Google Meet、Webexの場合は、アプリのダウンロードが必要だったり、特定のメールアカウントが必要だったり、パスワードを入れる必要があった。つまり「一手間」が必要だった。ただ、この手間は痛みになるほどのものではないだろう。これも「ユーザーが諦めているポイント」だった。

 このようにモチベーショングラフでは、顧客の行動に沿って、それぞれのシーンや状態における、思考や心の機微を明らかにしていく

(※本稿は『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』の一部を抜粋・編集したものです)

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップなど3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動。帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップの評価を行う。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。2017年スタートアップ支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役CEOに就任。2017年、それまでの経験を生かして作成したスライド集『Startup Science2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。2022年よりブルー・マーリン・パートナーズの社外取締役を務める。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』(ダイヤモンド社)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『超入門 ストーリーでわかる「起業の科学」』(朝日新聞出版)などがある。