多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。「ここまでわかりやすく傾聴について書かれた本はないだろう」「職場で活用したら、すぐに効果を感じた」と大反響を呼んでいます。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。
「傾聴」とは、「相手が語るエピソードを追体験する」こと
「傾聴」とは何か?
「傾聴」をするうえで大切なことは、相手の「感情」を動かした「エピソード(体験)」を聞き出して、その「エピソード」を追体験することです。
それはいわば、相手が頭の中で思い浮かべている映像をスクリーンに映し出して、一緒にそれを鑑賞するようなものです。そして、相手の「エピソード」にハラハラしたり、ドキドキしたり、怒りを覚えたり、悲しくなったりと、自然と「感情」が湧き上がってくる。この時、相手の「感情」と響きあう「共感」が生まれます。そのような状態になったときに初めて、「傾聴」ができているということになるのであり、相手も自然と「本音」を明かしてくれるようになるのです。
エピソードにおいて最重要なのは「セリフ」である
だから、私は、企業研修などで「傾聴」についてお話するときに、「エピソード」を相手から聴き出すことの重要性を力説しています。そして、相手にとって重要な「エピソード」を、まざまざと思い描けるように「いつ、どこで、誰が、何を言った(セリフ)」を細かく聴いていくことをおすすめしているのです。
そして、この「いつ、どこで、誰が、何を言った(セリフ)」の中で、最も大切なのは「セリフ」です。なぜなら、私たち人間の「感情」を最も強く揺さぶるのは、誰かが口にした「言葉」に他ならないからです。
例えば、「先週の木曜日の夕方3時ごろに、上司から急に頼まれた資料を、夜中まで残業して作成して、金曜日の出社直後に提出したら、不満そうな表情をされてショックだった」とだけ伝えられるよりも、「先週の木曜日の夕方3時ごろに、上司から急に頼まれた資料を、夜中まで残業して作成して、金曜日の出社直後に提出したら、上司が『こんなに作り込まなくてよかったのに……』と言いながらため息をついたのがショックだった」と上司のセリフまで伝えられた方が、そのショックが生々しく感じられるはずです。
しかし、その「セリフ」がないエピソードも2~3割くらいの出現率で語られます。それが「独りでいる時のエピソード」です。
例えば、「テレビを見ながらアナウンサーにむかついた」「単身赴任の会社員が、街を歩いている家族連れを見て家が恋しくなった」といったエピソードには「セリフ」はありません。では、そんなエピソードを聴いた時には、どうすればいいのでしょうか?
間違った「質問」とは?
答えは、「自己内対話を聴く」です。
「その時あなたは、心の中で何とつぶやいていましたか?」
「その時あなたは、心の中で何と叫んでいましたか?」
と聴くのです。
しかし、多くの人は間違います。
「その時あなたは、心の中でどう思いましたか?」
と聴いてしまうのです。
ナレーション的な「説明」はいらない
しかし、これは間違いです。
人の感情を動かすのは映画やドラマや小説です。そして、優れた映画や小説は、主人公の内面の思考経緯を解説しません。「その時、○○は焦りを感じた」といったナレーション的な説明を入れるのは、素人の野暮な演出です。
優れた映画ではナレーションを入れずに、主人公が焦る様子を「映像」や「セリフ」で表現します。「額の汗」や「シワ」をクローズアップで映すかもしれません。「あっ!(舌打ち)」というセリフと、震える指先をクローズアップで映し出すことで焦りを表現することもあるでしょう。ところが、冷静なナレーターが登場して、「その時、彼は焦っていた」などと説明すると台無しになってしまうのです。
これは「傾聴」においても同様です。「その時あなたは、心の中でどう思いましたか?」などと聴いたら、相手は「あの時私は、もうダメかもしれないと思いました」といった、野暮なナレーターのような「客観的な説明」を返してきます。これでは、質の高い映画やドラマのように、生々しい「感情」が伝わってきません。
相手の内面で語られた「セリフ」を聴き出す
だから、次のような質問をすることで、相手の「感情」の乗った生々しい「セリフ(「自己内対話)」を語ってもらう必要があるのです。
「その時あなたは、心の中で何とつぶやいていましたか?」
「その時あなたは、何と叫んでいましたか?」
そう問いかければ、感情の乗っかったセリフが返ってくるでしょう。
「『ああ、もうダメかもしれないな……』と心の中でつぶやいていました」
「『ふざけるな! いい加減なこと言うなよ!』と心の中で叫んでいました」
このように、相手の内面で口にされた「セリフ」を聴きだすことができれば、生々しい「感情」が自然と湧き上がってきます。これは、質の高い「傾聴」をするために欠かすことのできない「技術」なのです。
(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。