HRP-5Pが高性能PCを
積んでいない理由とは

「人間らしさ」を追求するのであれば、ディープラーニングやいま話題の生成AIなども組み込む必要がありそうだ。5Pにはそういったものは使われているのかと聞くと、阪口さんはこう答えた。

「工具の認識、つまりこれから使うべき工具はどれか、を選ばせるさいには、ディープラーニングを使っています。いろいろな工具を並べておいても、90%以上の精度で正しい工具を選ぶことができます」

図2-8 どの工具を選ぶべきか、ディープラーニングを使って認識している5Pの視界同書より転載 拡大画像表示

 しかしそのあと、こう続けたのだ。

「本当は、同じ作業を繰り返すうちに、どんどん動きが洗練されていくような学習もできたらいいのですが、そこは望めません。5Pはそれほど高性能のPCは積んでいないんです。動作全般を決めているコントロール系と視覚系の2つのPCを積んでいるのですが、どちらも消費電力の低いモバイルノート用のものなんですよ」

 なんと、最先端のヒューマノイドの頭脳は、われわれがふだん使っているPCのようなものだという。それには、こんな理由があるそうだ。

「ヒューマノイドは外部から電源を供給しない自立型ロボットですから、PC以外にもモーターやセンサーなど、いろんなところに電力を振り分け、そのなかでバッテリーの持ち時間を気にしながら作業しなければならない。なので、フルスペックPCをガンガン回せるわけではないんです」

書影『あっぱれ!日本の新発明 世界を変えるイノベーション』『あっぱれ!日本の新発明 世界を変えるイノベーション』(講談社)
ブルーバックス探検隊 著、産業技術総合研究所 協力

 おそらく阪口さんが取り組んでいるロボット研究は、大企業がやるようなビジネス指向の研究とは違うのだろう。

 土地開発にたとえてみれば、大企業はあらかじめ算段のできた土地に対して、ここぞとばかりにブルドーザーやパワーショベルを投入して、圧倒的なスピードとパワーをもって整地していく。

 それに対して阪口さんたちは、未開の土地を一歩一歩、踏みしめながら地ならしをして、どこにどれだけの力を注ぐべきかを繊細に見極めつつ、ヒューマノイドと二人三脚で少しずつ目的地へ近づいていく。

 その道は細い「けものみち」のようでも、その先には未踏の理想郷があることを信じて。