新たな出会いを求め続ける姿勢が、
変化に強いメンタルを作る

齋藤:それまで出版されていた漢文の世界というのは、割と抽象的な議論が多かった。それに対して、『学問のすすめ』は実学という面で当時の読者から高い支持を得たのだと思います。実学というと具体的でテクニカルな感じがしますが、福沢がいうのは「世の中の役に立つ学問」という意味。その観点からすると、現代の実学の中心ってどんなものでしょうか?

鈴木:今求められているのは専門知識のある人より、会社を変えていける人ですよね。1つの分野の中で頭が固まってしまう人よりも、周りを見渡した上で止めるべきことを止め、始めるべきことを始められる能力が重要だと思います。

齋藤:なるほど、つまり優先順位を決める判断力みたいなものですよね。それって実は、「新しい学力」とも重なってきていると思うんです。近年の教育界では、義務教育終了段階にある15歳の生徒を対象に、読解力、数学知識、科学知識、問題解決能力などを調査するPISA(OECD生徒の学習到達度調査)が国際的に重視されているのですが、そこで問題にされている新しい学力とは、「情報を分析して総合し、自分の意見を持つ」ということ。つまり「思考力」「判断力」なんですね。

齋藤 孝×鈴木博毅対談【前編】<br />今『学問のすすめ』から学ぶ、<br />変化に強いメンタルのつくり方

鈴木:日本の大学入試には知識量をみる内容が多いけれど、現代においてはそういうものはもう学力とは呼ばないわけですね。

齋藤:そういうことです。たぶん福沢の求めていた能力も、知識ではなく「判断力」だと思うんですよね。しかもそれは、「胆力」と関係した判断力ではないかと思います。福沢諭吉は先進的なイメージが強く、武士的な要素を連想しない人が多いでしょうけれど、実は「侍の気骨」みたいなものをしっかり抱えていた人。

 僕は学生だけでなく、ビジネスマンにも気概とか気骨とかエネルギーの部分を、『学問のすすめ』から学んでほしいという気がするんです。さらに、福沢は変化を捉え、それを増幅していくような人物だったわけですが、今の時代はとくに「変化に強い」ことが求められていると感じますね。

鈴木:僕も同感です。「変化に強い」というのは、新しい情報に触れることを怖がらないという性質でもあると思います。

齋藤:なるほど、逆に言えば「変化に弱い」人というのは、「今までの仕事のやり方を変えなきゃいけない」とか、「変化についていけないかも」とか、あるいは「面倒くさい」とか、そういう不安があるから新しい情報に触れるのを怖がるということですね。そういう20代30代に対して、上司はどういう指針を示せばいいんでしょうか?

鈴木:やはり外に向けてオープンになり、人に接することの重要性ですよね。自己完結の形で何かを学ぶことの弊害はかなり大きいと思います。学生であれば自分の世界だけでやっていけるかもしれませんが、社会人はその世界を広げ続けなければ仕事ができないわけですから。

齋藤:『学問のすすめ』では、「親友」だけではなく、新しい友人という意味の「新友」を常に求め続けろ、というメッセージが最後のほうにありますよね。「人間のくせに、人間を毛嫌いするのはよろしくない」と。もちろん人間関係を新たに構築するのは面倒くさいし、ストレスの大きな原因にもなる可能性がありますが、でも新しい友を何歳になっても求め続けていくというのは、「変化に強い」メンタリティを作る、一番基本的な道筋かもしれないですね。

鈴木:確かに。また新しい友人を作ろうと努めると、自分より優秀な人やまったく違う分野で活躍している人と、どうしても巡り会わざるを得ないですよね。すると業界内での自分のポジションとは別の視点で自分を見ることができるようになる。そういった発見を得るチャンスというものは、友人、知人の層を広げていくことでしか生まれないのかなと思います。

齋藤:今はインターネット社会で情報自体はものすごくあるけれど、それは何となく、目の前を流れる大河を岸辺に立ってただ呆然と眺めているだけのような感じがするんですよね。つまり情報化社会の中でとりあえず一通りのことは手に入るような「気がする」という状況は、僕には落とし穴のような気がしてならないんです。

 一方で、面白い人たちと実際に会う行為というのは、傍観するのではなく、自分も“状況”に飛び込んで大河の中にいるのと同じ。その臨場感がすごく大きな刺激を与えてくれると思うんです。

鈴木:メディアで流れているニュースやネットで拾える情報というのは、現実に対する他人の解釈にしかすぎませんからね。こういった情報ばかりに触れているせいで、人々が自分の頭を使うことから離れてしまっているように感じます。

 ビジネスでも、現場に行って実感することと、ニュースで見ることの間には乖離があるはずです。そこを体感できるかどうかが、新しいプロジェクトを立ち上げ、これからのビジネスを主体となって行っていける人かどうかの分かれ目でもあると思います。(後編へ続く)※5/16掲載予定です


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