恋心が招いた盗難か?
刻まれたハートマークの謎

 私は、第2のハートがどんな経緯でそこに刻まれたのかと尋ねてみた。

「私が推測するに、こんな感じだったんじゃないかな。ある男が、デートで彼女をメトロポリタン美術館に連れてきた。そのとき彼女がこのヘルメスを見かけ、そのハートを見つけて『かわいい!』とか何とか言ったんだろう。男はその言葉を覚えていた。やがてバレンタインの日が近づいてきたが、男には彼女にあげるプレゼントがない。そこで男は、小さなハートが刻まれたあの彫像のことを思い出し、美術館に舞い戻ってそれをくすねた。

 それどころか、その男は本物のバカだったものだから、そこへさらにそろいのハートを刻んでプレゼント用の箱に収めた。そしてバレンタインデー当日、かわいらしいリボンを解き、プレゼントの箱を開けた彼女は、男をバカだとさんざんののしった。おそらくそいつはいまでもそんなバカなんだろうな。その1時間後、少なくとも2時間後に、警察に匿名の情報が届いた、というところかな」

 私はその話を聞いた次の休憩の際に、この美術館の研究図書室に向かい、「メトロポリタン美術館」「窃盗」「盗難」「警備員」といった単語を旧式の新聞データベースに打ち込んでみた。芸術作品の盗難事件ほど、血を凍りつかせるとともに血を沸かせるものはない。私自身、これまでに少なくとも5回は、映画『トーマス・クラウン・アフェアー』について尋ねられたことがある。

 警備員が電流警棒を振るう架空のメトロポリタン美術館を舞台にした、美術品窃盗にまつわる映画である(その質問には常に「答えられません」と答えていた)。調べてみると、現実の世界ではそんな映画のような派手な事件はここでは起きていなかったが、それでも事件と言えるものはたくさんあり、それがこの壮大な施設のもう1つの汚れた歴史をつくりあげていた。

開館当初からの窃盗、偽造、
そして強引な「修復」歴も…

 私が確認できた最初の盗難事件は1887年のものだ。ケースが金てこでこじ開けられ、そのなかから古代キプロスの黄金のブレスレットが奪われていたと、警備員が「衝撃的な発見」をしている。キプロス美術は、まだ開館間もないこの美術館で唯一本当に価値のあるコレクションだったらしく、この事件はかなりの論争を引き起こしたようだ。