質屋の主人は、2500年前の遺物をしげしげと眺めると、「こういう細工のせいで真鍮の価値が下がってしまうこともあるんだがね」などとぶつぶつ言いながら、男に50セントを手渡した(刑事の話によると、「ウイスキー15杯分かビール10杯分」ほどの額らしい)。窃盗犯はその質札も誰かに売り、さらに10セントを手に入れた。やがて、すでに監視を強化していた警察が、質屋の定期巡回の際にその小像を発見した。現在、その女神ネイト(その名前は「恐怖に陥れる者」を意味する)は以前同様、エジプト美術の展示エリアに配置されている。
1927年には、17世紀の細密画が5枚盗まれる強盗事件があったが、これは間違いなく内部の者の犯行である。というのは、侵入者が合鍵を使っていたからだ。1944年には、14世紀シエナの絵画が、ねじ留めされていた壁から引きはがされ、持ち去られる事件があった。のちに郵便により匿名で返送されてきたが、木製パネルが真っ二つに折れた状態だったという。1964年には、ドライバー2本、ハンマー1本、懐中電灯2つを持った窃盗犯が、コートのなかにトルコの絨毯を詰め込んで逃げようとしたが、ベテラン警備員だったダン・ドノヴァンが「あのふくらみは怪しい」と気づき、犯行を未然に防いだ。
盗難、破損、ストライキ、密輸…
相次ぐトラブルに翻弄される美術館
1953年には、メトロポリタン美術館の警備員がストライキを実施した(それはたまたま、ウィリアム・ピット[大ピット]の陶器製の肖像がその設置場所から盗まれたあとのことだった)。警備員たちは、入口の堂々たる大理石製の階段の上で、けばけばしい歴史的衣装を身に着けて示威運動を行なったが、輝く鎧の騎士に扮装していたある警備員は、こんなプラカードを掲げていた。「私がもらっている賃金も中世からある。だがその賃金にではなく中世の展示物にお金が使われている」
1966年には、事件が2つあった。まずは、レインコートを着た男がゲインズバラの絵画を奪って逃げた。だが、警備員に追いかけられて走っているうちに落としてしまったという。次いで、ブロンクスの野菜行商人が、モネの『ヴェトゥイユの眺め』という作品に穴を開けた。その理由は誰にもわからない。