ちなみに『週刊欽曜日』の目玉は「欽ちゃんバンド」のコーナー。萩本をはじめ、佐藤B作、清水善三、清水由貴子、小西博之、風見慎吾がバンドを組んでステージで生演奏する。その練習場面では、お約束のギャグや欽ちゃんを中心にした掛け合いが繰り広げられる。プロのミュージシャンがひとりもいない、ほとんど素人のバンドというこれまた類を見ない企画だった。
この「欽ちゃんバンド」も、試行錯誤の結果だった。
最初は、萩本がハゲカツラを被ってコントをやった。だが新鮮味はなく、視聴率は上がらない。しかし、すでに『欽ドン!』と『欽どこ』を抱えていて、そうそうアイデアは浮かばない。
そんな折、番組中に流れるCMが打開のきっかけになった。外国人の俳優がニューヨークの摩天楼をバックに登場する洋酒のコマーシャル。ハゲカツラのコントとのあまりの落差に「これじゃ、CMに申し訳ないな」と思った萩本は、中身を洋風に変えようと思い立つ。衣装はもちろん、小道具として用意してあった楽器を出演者に持たせ、バンドを抜けようとする若者をバンドメンバーたちが説得するという設定にした。ついでに演奏もすることに。「欽ちゃんバンド」の誕生である(萩本欽一『ダメなやつほどダメじゃない』日本経済新聞出版社、2015年、141~142頁)。
この3番組の成功だけでもすごいが、萩本は、長寿番組となった『オールスター家族対抗歌合戦』、さらに久米宏を一躍人気司会者に押し上げた視聴者参加型のクイズ番組『ぴったしカン・カン』(TBS系)にも同時に出演。それらも人気を誇った。そこで萩本欽一についた異名が「視聴率100%男」。この表現ひとつとっても、当時のテレビにおける萩本の一頭地を抜いた存在感がわかるだろう。
『踊る大捜査線』の君塚良一は
欽ちゃんに弟子入りしていた
こうしてテレビ芸能史上未曾有とも言える成功を収めた萩本欽一。そもそもテレビをどのようなものと見ていたのだろうか。