子供を追い込む中国式教育

 湖南省で15年教師をしていたが、数年前に日本に移住してきたグレースにも話を聞いた。インタビューが2時間を超えたころから、グレースはようやくここ数年の中国における異常とも思える教育環境の悪化ぶりについて、より具体的に話しはじめた。「英語教材で以前はソクラテス哲学を扱ったりしていました。それが中国の都市がどれだけ素晴らしいかという内容に変わりました。前だったら、『英国の地下鉄は100年以上前にでき、そのころ中国はまだ清朝だった』なんて話も教室でできたのですが。教材の内容がだんだん入れ替わってきています」

 詰め込み式で、うつ病になる学生が後を断たない。子供が追い込まれて精神的に崩壊していても親は「強固な体を持つような男児が、いったいなぜ」という反応だという。さらには2018年には自分の高校で自殺する生徒が出た。

「これはあなたのとくダネですよ」と、彼女は付け加えた。自殺については、一切国内で報じられていないからだ。

書影『潤日~日本へ大脱出する中国人富裕層を追う』(東洋経済新報社)『潤日~日本へ大脱出する中国人富裕層を追う』舛友雄大 著(東洋経済新報社)

 中国科学院心理研究所の「中国国民心理健康発展報告(2019~2020)」によると、青少年のうつ病検出率は24.6%に上った。2021年には、学覇(シュエバー、秀才)と世間にはやし立てられた広東省広州市出身の張一得(19才)が留学先の米国で自殺したとされ話題を呼んだ。シングルファザーでもある彼の父親は、仕事を辞め、辺へん鄙ぴな場所に引っ越し、厳格な管理のもとで息子を育てあげ国内で尊敬の眼差しを浴びていたのだった。 また、2024年1月には、「江こう蘇そ省で5人の生徒が相次いで飛び降り自殺した影響で、高校の冬休みが25日間に延長される」という噂がネットを駆け巡った。 

 グレースは語る。「中国ではそういう自殺の統計すらありません。同僚の先生たちは何も反省していませんでした。学校の校舎に入るとき、すごく奇妙な感覚がありました。中国でまともな教師でありつづけることは難しいです」
 
 子供に少しでも良い教育環境で学んでもらいたい、そんな切実な思いで来日する中国人の姿が見えてきた。

 さらに、不動産の「爆買い」もそうだが、新移民の全体像をつかむ上で、欠かせない第2の要素が「資産の保全」だ。だからこそ、中国人企業家がこぞって日本を拠点とするようになってきている。関係者の証言から、普段はうかがい知れない中国人大富豪たちの意外な生活ぶりが浮かんできた。