新しい付加価値追求のためには、
目的のために清濁併せ呑む姿勢も必要

紺野 おっしゃるように、日本にも光る人材やアイディアのタネはいくらでも存在します。ただし、残念ながら、それらを有機的に結びつけてネットワーク化する仕組みがあまりにも少な過ぎる。

 個々人の持つ知識というのはバラバラに存在していてもあまり意味はなくて、知識と知識がぶつかり合い、化学反応を起こすことによって新しい何かが生まれる。そのためには、それぞれの組織体が知の化学反応を誘発するような、生態系にも似たシステムを持つ必要があるのです。私たちはこれを、「知識創造のためのエコシステム」と呼んだりしています。

 個人が持つ「小目的」はそのままではどうしても「組織全体の目的」には成り得ませんが、知識創造のエコシステムの中で小目的が次第にオーケストレーションされていって、ある時ふと、「自分たちがしていたことの意味はここにあったのか」という大目的に達することもある。言わば、それを偶発に任せるのではなく、一種の仕組みとして組織の中に組み込めないかという提案が目的工学なのです。

西口 目的工学の目的は共通善(コモングッド)を実現する、つまり新しい付加価値が次々と生まれてくるような社会を作っていく、ということでもある訳ですね。

紺野 そうなんです。ただし、共通善を追いかけるというのは決してきれいごとばかりでは済まなくて、清濁併せ吞むような難しい決断を迫られる場面も出てきます。

 本の中にも書きましたが、東海道新幹線を作る時の国鉄総裁だった十河信二さんは自らが信じる大目的にしたがい、わざと少なく見積もった事業費を国会に提出することさえしています。これは「善」か「悪」かと問われると判断が難しくて、人によって見方は分かれるかも知れませんが、「結果オーライ」と言えなくもない。

西口 現実にいるリーダーは、目的実現のためにはありとあらゆる手練手管を使う。それがいわゆる「実践的である」ということでもありますから、非常に現実的な話だと思います。

紺野 高い目的を掲げれば掲げるほど様々な利害関係者とぶつかりますから、手練手管を使わなければならなくなるのはある意味、当然のことです。

 その時、リーダーたちはみな「果たしてこれは何のためだったのか」と真剣に考えるでしょう。じつは、その実践的な判断基準となるのも、ここで言う「目的」なのです。

 目的工学の1つの特徴は、マキャベリズムを否定していないことです。ただ、ここで言うマキャベリズムは「目的のためには手段を選ばず」という一般に流布した考え方ではなくて、むしろ、「高い目的を掲げるからこそ手段を選ばなくては前に進めない」という意味です。

 逆説的に聞こえるかも知れませんが、共通善を目指してギリギリの線を歩かなければならないからこそ「これは社会にとって本当に必要なことなのだろうか」と自問自答し、立ち返る場所となる「大目的」が必要になってくるということは言えると思います。



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紺野 登(Noboru Konno)
多摩大学大学院教授、ならびにKIRO(知識イノベーション研究所)代表。京都工芸繊維大学新世代オフィス研究センター(NEO)特任教授、東京大学i.schoolエグゼクティブ・フェロー。その他大手設計事務所のアドバイザーなどをつとめる。早稲田大学理工学部建築学科卒業。博士(経営情報学)。組織や社会の知識生態学(ナレッジエコロジー)をテーマに、リーダーシップ教育、組織変革、研究所などのワークプレイス・デザイン、都市開発プロジェクトなどの実務にかかわる。
著書に『ビジネスのためのデザイン思考』(東洋経済新報社)、『知識デザイン企業』(日本経済新聞出版社)など、また野中郁次郎氏(一橋大学名誉教授)との共著に『知力経営』(日本経済新聞社、フィナンシャルタイムズ+ブーズアレンハミルトン グローバルビジネスブック、ベストビジネスブック大賞)、『知識創造の方法論』『知識創造経営のプリンシプル』(東洋経済新報社)、『知識経営のすすめ』(ちくま新書)、『美徳の経営』(NTT出版)がある。

目的工学研究所(Purpose Engineering Laboratory)
経営やビジネスにおける「目的」の再発見、「目的に基づく経営」(management on purpose)、「目的(群)の経営」(management of purposes)について、オープンに考えるバーチャルな非営利研究機関。
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