
鉄道を音で楽しむ鉄道ファン、通称「音鉄」が録音するのは蒸気機関車の豪快な車輪の音や汽笛の音だけではない。車内放送や乗客のお国訛りなど、地域特有の表現にも耳を傾け、鉄道にまつわる音を記憶したり、記録に残したりするのも彼らの流儀だ。自らも音鉄として世界各地の鉄道の音を愛する作家・片倉佳史氏が、その魅力を解説する。※本稿は、片倉佳史『鉄道の音を楽しむ 音鉄という名の鉄道趣味』(交通新聞社)の一部を抜粋・編集したものです。
蒸気機関車の引退を惜しみ
豪快な音が全国で録られた
鉄道と音。両者は切っても切れない関係にある。列車が動けば必ずそこに音が出てくるし、止まっていても何かしらの音が耳に入ってくる。駅のホームにいても、案内放送が入ってきたり、遠くに踏切が鳴っていたりする。そのほか、列車の接近を伝える放送や発車メロディ、ホームドアの開閉音など、常に何らかの音が発生している。もちろん、列車に乗れば、モーターの駆動音や車内放送など、様々な音が展開されている。
本記事はそういった「音」に着目し、そこから鉄道の魅力に迫ることを目指してみた。通称「音鉄(おとてつ)」と呼ばれるこのジャンルは、印象としては、比較的新しいものと思われがちである。しかし、この世界は大きなブームを迎えた過去がある。動力の内燃化(無煙化)が進み、蒸気機関車の引退が相次いでいた1970年代、その豪快、かつ勇壮なドラフト音を収録しようと、ファンは全国各地に赴き、その音を追いかけた。これは当時、“生録(なまろく)”と呼ばれていた。まだ携帯用の録音機材などはなく、大きなレコーダーを、それこそ抱えるように持ち歩く必要があった。
1980年代には、レコードの普及もあって、より若い世代にも鉄道趣味が広がりを見せていく。この頃はまだビデオカメラが広まっていなかったこともあり、蒸気機関車やブルートレインの走行音を収録したLPレコードが数多く販売されていた。その後、音鉄趣味は一時的に落ち着きを見せたが、ブルートレインや絵入りヘッドマークを掲げた特急列車への人気が高まったことで、走行音に耳を傾けるファンは依然として存在した。