そうして入った新生党ですが、実際には、集団的自衛権の行使容認や憲法改正について党内で論議が行われることはほとんどなく、誰を党首にするかという権力闘争が繰り返されているという有り様でした。

小沢はいったい何をしたいのか?
不信感ばかりが募っていく

 新生党は、いくつかの政党と合従連衡し、自民党と対峙(たいじ)する二大政党の一角として新進党を結党(1994年12月、結成時衆議院178人、参議院36人の計214人)します。私はそれにも参加しました。すでに選挙制度改革は実現された。次なる課題はやはり外交・安保政策、改憲問題ではないか。その点で行けば、河野自民の護憲路線よりは、小沢さんのスタンスのほうに共感が持てたからです。

 でもそれは大きな間違いでした。安全保障や憲法の問題に積極的な小沢さん、というイメージが、どんどんと変わっていきました。新進党の初代党首になられたのは海部さんでしたが、それも小沢派が作ったようなもの(編集部注/海部俊樹は1994年6月に自民党を離党し、7月に自由改革連合の代表就任を経て、12月の新進党結党に参加。小沢グループの支持を得て初代党首選に臨み、勝利した)。私はその頃、小沢さんに聞いたことがあります。

書影『保守政治家 わが政策、わが天命』『保守政治家 わが政策、わが天命』(講談社)
石破茂 著、倉重篤郎 編集

「小沢先生はかつて『総理は軽くてパーがいい』と仰ったという(編集部注/1989年8月、弱小派閥出身の海部を最大派閥・経世会が担ぎ、海部内閣が発足。経世会から自民党幹事長に送り込まれて党務を仕切った小沢は、海部を「軽くてパー」と評したとされるが、海部に詰問された際の小沢はこの発言を否定している)。誰だっていいんだよ、というのは何ですか。小選挙区とはその党所属の党首を総理にするという、ある意味総理公選制に最も近い制度です。それを誰でもいい、とはどういうことですか」

 もう我慢できずに言ってしまったのですが、小沢さんの不興を買っただけでした。「どうみるか、そら、おまえの勝手だよ」というようなことを仰った気がします。