ラテン語 愛人を何人も作ったりだとか。
ヤマザキ 今のモラルで考えると愛人なんてとんでもない、というのがありますが、日本だってつい100年前くらいまではお妾さんがいる男性は珍しくなかったし、一夫多妻の国もあるわけですから、大騒ぎをするようなことではありません。ただ、リベラルな分だけ、皆嫉妬心だの妬みだのが錯綜してすごいことになっていたと思います。
例えば、カエサル(注3)の女性好きは有名ですが、自分が借金をしている貴族の奥さんと仲良しになったり。でもカエサルは人たらしなので、夫も何も言えなかったと言われています。ああ、カエサルなら仕方がないか、と諦める。
カエサルの例はともかく、古代ローマ時代の愛情は現代よりも奔放な分だけ扱いづらい、コントロールの難しいものだったっていうことがよく分かります。そうした錯綜が凄まじかったからこそ、のちにキリスト教が恋愛関係を制約する力として働きかけてきたのではないでしょうか。
odi et amo「大嫌い、そして大好き」という言葉もそうですが、愛情に翻弄(ほんろう)されて二進も三進もいかなくなっているような格言が結構ありますよね。でもそこがとても人間的。古代ローマは愛憎の時代と捉えられていますが、こうした格言越しに彼らのエネルギッシュな恋愛観が垣間見えるのは面白いですね。
古代ローマの「恋愛指南書」と
バブル期の日本の女性誌
ラテン語 今挙げていただいた「大嫌い、そして大好き」、これはカトゥッルス(注4)の恋愛詩にあるものです。その後に「なぜかと君は聞くが、私には分からない。ただそう感じるだけ。胸が苦しい」とあります。
ヤマザキ 愛情が自分の冷静さを蝕んでいる感じがよく読み取れますね。そういえば、オウィディウスで有名な著作に『恋愛指南書』というのがありますよね。あれも凄まじい内容だったような。
ラテン語 はい、そうです。Ars Amatoria『恋愛指南』(注5)ですね。
ヤマザキ あの本はローマでも話題になっていたらしく、多くの人が読んでいたようで、私も『プリニウス』(編集部注/ヤマザキマリと、とり・みきの合作による漫画。紀元1世紀のローマ帝国の著述家で、『博物誌』を著した大プリニウスを描いた)で主人公が若かりし頃女性との付き合い方を学ぶために、この本を読んでいるというシーンを描きました。
注4 共和政ローマ期の詩人。紀元前84年頃~前54年頃。ギリシャ抒情詩の形式をラテン語詩に取り入れた。恋愛指南全3巻。前半2巻は男性向けに、残る1巻は女性向けに書かれた。不道徳性がアウグストゥス帝の怒りを買い、オウィディウス追放の一因になったとされる。
注5 全3巻。前半2巻は男性向けに、残る1巻は女性向けに書かれた。不道徳性がアウグストゥス帝の怒りを買い、オウィディウス追放の一因になったとされる。