トランプ再興シナリオがうまくいかないワケ

 コロナ禍で明らかになったように、有事に備えて半導体や医薬品、ワクチンを国内で調達できる体制を確立することは、経済安全保障の安定に不可欠だ。そのために製造業を再興し成長させるシナリオは十分理解できる。

 ただし、人件費の高い米国で、在来型の製造業を再興するのは容易ではないだろう。というのも米国はもう何十年も、モノづくりよりも高付加価値のソフトウエア分野にシフトしてきた。ハードの製造は、コストの低い中国・韓国・台湾の企業に委託し水平分業を加速してきたのは当の米国である。

 そのためソフトウエア人材は相応に抱えるものの、半導体の素材や製造装置、チップの製造に関するノウハウを持つエンジニアや熟練工は不足している。医薬品にも同じことが当てはまるだろう。人材を確保し育成すればいい、と口で言うのは簡単だが、実際には相当の手間暇と時間がかかる。

 半導体製造には膨大な設備投資を必要とする。高い関税を課せば今すぐ米国に工場を建設する企業が増え、生産活動が活発化して雇用と所得の機会が創出される――そう単純な話ではないだろう。

 繰り返しになるが、米国の人件費は高く、製造業が再興する足かせになるだろう。TSMC創業者のモリス・チャン氏は、「主に人件費で、米国工場で生産する半導体は台湾製より50%高い」と話した(22年)。チャン氏は、米国に工場を建設するのは「政府の督促が理由」と暴露している。

 トランプ相互関税が本格的に発動すれば、米国では鉄鋼やアルミなど基礎資材の輸入価格が上昇するだろう。また、世界各国の企業は米中対立の先鋭化に対応するためにも、自社の供給網を再編する可能性が高く、それにもコストがかかる。回り回って半導体や医薬品など米国でモノを製造する費用は、一段と高くなると予想される。

 高級車のジャガー・ランドローバー(元はイギリスだが現在はインドのタタ財閥が親会社)など、すでに対米輸出の一時停止を発表している企業やブランドもある。トランプ関税をはじめとする通商政策の不透明感が理由とみられる。

 そして中国政府は4月11日、米国への報復措置として追加関税を引き上げると発表した。貿易戦争は激化している。トランプ関税は自由貿易の崩壊につながり、世界経済を混乱させるリスクがある

※下記は「トランプ相互関税」の一覧(4月9日時点)