日本自工の隅々に張り巡らされた
米国産業の驚くべきスパイ網
が、アメリカ産業は世界一の情報網を持っていることを忘れていた。
翌日には、日本自工の隅々に張り巡らされたアメリカ産業のスパイ網から、日本自工の交渉姿勢の全容が伝わっていた。まるで真珠湾攻撃のときの日本のように――。
<発・在日本自動車工場アメリカ産業調査部。宛・アメリカ産業経営企画室。4月10日の日本自工の基本的姿勢を確認せり。交渉で時間を稼ぎ、世界各国へのアメリカ産業の出方を見つつ、あの手この手でいろんな解決策を見せつつ、接待攻勢に巻き込んで、当社の目的を最低限しか認めない方針が決定したと見られる。従来通り、アメリカ産業は激怒したふりをして、強気な数字で押し切れば、最終的には言うことを聞くとみられる。よって、世界で最初の交渉相手を日本自工とし、日本にすべてを認めさせて、世界の会社に『日本に学べ』という大戦略に変更は不要なり。一番目の交渉相手は日本だと称賛して油断させることを進言する。
故人いわく、沈没船ジョークは有効なり。すなわち、沈没船から脱出させるには、ドイツ人には「規則通り飛び込んでくださいね」、イタリア人には「海に美女がいますよ」、ロシア人には「ウォッカが海に大量に浮かんでいます」。そして日本人には……「もうみんな飛び込みましたよ」。古来の手段の有効性がカクニンされた。ただ、今回の日本人は、整列したまま飛び込みもせず、甲板を掃除しているが>
トランプ社長の罠にまんまとはまった日本自工。さて、アカザワ役員の訪米交渉、どうなるのでしょうか。アカザワは、損な役回りにぼやいています。
「マスコミや学者はトランプ流を新自由主義経済とか言っているが、新自由主義経済の元祖はイギリス商事のサッチャー社長。彼女の名言を知らないのか。『不和が生じるところに調和が。間違いが発生するところには信頼が。疑いがあるところには真実が。絶望があるところには希望が生まれますように』。トランプの発想は真逆じゃねえか。こりゃあ新自由主義じゃなくて帝国主義だよ」
(元週刊文春・月刊文藝春秋編集長 木俣正剛)