さすがに、自分の社長時代に一度は会社が破産しかけたにもかかわらず、買収しにきたハトヤマ自動車工業が失敗続きの末に持ち直し、以降、本来なら最大の戦犯なのにずっと副社長の地位にいる厚顔男だけに、「責任感の自覚がない楽観性」がこういう場合はいい方向に働くらしい。

「イシバ君は、とにかくある時期にはアメリカ産業と直接交渉すると言って、その前段階の交渉には適当な誰かを行かせてのらりくらりと交渉する。相手が強気に出れば、『はい、それは国に持ち帰りまして相談します』とか言って、時間を稼ぐ。

 一方で中国産業とは、もう少し経済関係を強める交渉をして、トランプ社長を焦らせておく。韓国エンタテインメント会社の騒動は、6月に新社長が誕生して、またまた日本憎しに落ち着くだろうから、そうなるとアメリカ産業が困る。日米韓の連携が中国産業対策にもロシア産業対策にも必須だから、時間がたてばたつほどアメリカ産業は要求を下げて、日本自工との連携を求めてくるさ。

 そのためには、今まで昵懇でなかった欧州のイギリス商事やフランス食品、ドイツ鉄鋼とも話し合いを進めて、一緒に新製品を開発する計画をブチ上げたり、インド織物やオーストラリア繊維と話し合ったりして、日本自工が仲介しないとアメリカ産業だけじゃこれらの会社とは連携できないということをわからせる。まあ、そういう形をとるしかないだろう」

米国流新自由主義に染まって
「時間稼ぎ」のお家芸を失った

 さすが、この老人はこの世界で80年以上生き抜いてきた老練な智恵を披露し始めた。確かに一理はある。というか、時間を稼いで世の中の変化を待ち、こちらの思い通りにしてきたのが戦後の日本自工のアメリカ産業との付き合い方だった。コイズミの父親がタケナカとかいう「なんでもブレーン」に騙されて、米国流新自由主義とやらにどんどん染まってから、時間稼ぎという日本の得意技を忘れてしまっていたのだ。

 緊急役員会はこんな風にして、いかにも日本風に終わった。結論が出たわけでもないし、妙案が出たわけでもないのだが、老人ばかりの日本自工では、いつもの日本人的なやり方でやり過ごそうという程度の智恵しか出なかったのだ。