ただでさえ不景気感が漂う顔が、もう泣き出しそうになっている。隣のキシダ会長が自慢のメガネを指で抑えながら、たしなめた。
「イシバ君、これはわが社だけの問題じゃないぞ。わが社の元請けであるコングロマリット、アメリカ産業のトランプ新社長はLGBTに大反対で、世の中には男と女しかいないと宣言。社員のトランスジェンダーを認めないと言って、男か女かを登録することを拒否した社員をクビにするらしい。人事経験のない自動車会社の経営者、イーロン社長にコングロマリット全体にわたる大量のリストラを任せ、しかもそのやり方が思想テストみたいなもので、トランプ新社長を賛美する社員しか会社に残さない方針だそうだ」
もはや「社長が失敗したら俺の番」
なんて言ってられない!
イシバ社長と不仲なはずのモテギ専務も、今回は「イシバが失敗したら俺の番」などと言っていられない状態だと感じたらしい。これは会社が潰れるか、経営陣が総退陣しないと解決できないほどの事件なのだ。
「トランプ社長は、ちょっと調子に乗りすぎてませんかね。かつて子会社だったパナマ海運が持っている運河も、『作ってやったのはアメリカ産業だからウチに返せ、さもなくばカネを払え』と言っているし、デンマーク産業の子会社だったグリーンランド商事は、『貿易通路の安全のためにアメリカ産業が管理する。グリーンランド商事社員の投票で帰属を決めよう』とか、非正規社員の大量解雇だけでなく、彼らのために用意された社員寮からも軍隊を頼んでまで追い出すらしい。
カナダ食品なんか、わが日本自工以上にアメリカ産業と一緒に行動していたのに、突然多額のキャッシュバックを突き付けられた上に、『自分たちと合併して51個目の部署になればいい』と言われている。この80年、ずっとアメリカ産業のポチと蔑まれながら、平和に安穏と暮らしてきた我々なんか、彼らが牙をむけば、どうなるかわかったもんじゃないですよ」
空気を読めない人気者・若手役員コイズミは、「だいたいアメリカ産業は、世界の未来をどう考えているんですかね。WHO(世界保健機関)への大口寄付をやめ、パリ協定で気象温暖化に歯止めをかけるという全世界の流れも無視して、脱退するなんてどうかしてますよ。あまりにセクシーじゃない。もうヨーロッパ産業だけでなく、中国産業やロシア産業とも話し合って、アメリカ産業中心の世界経済の構造を変える側に立ってみたらどうですか?」と実現不能な理想論を言い出す始末。