通常の4倍の時間をかけて
反対もあった「戦争パート」をしっかり描く
嵩とのぶのロマンチックなシーンも出てくる、と期待させつつ、そこに至るまでに嵩とのぶには非常に大きな試練が待っている。それは戦争だ。
「私は今回、戦後80年ということをすごく意識しています。やなせさんの『逆転する正義』という考えは戦争の体験に影響されているものですから、視聴者の皆さんが驚くほどしっかり戦争を描こうと思うと提案したら、反対意見もありました。
でもやなせさんを書くことは戦争を書くことと、ある種同義だと私は思うので、そこは譲れませんでした」
戦争パートを書くためには通常の4倍くらい時間がかかったと中園は言葉に力を込めた。
「やなせさんは激しい戦況に巻き込まれてはいないんです。けれど、戦地で餓死寸前まで追い詰められたほどの飢えを味わっています。その体験から、飢えることがどれだけ辛いかたくさんのご著書にも言葉を残しています。
自分よりももっと大変な思いをした人たちがいっぱいいる。だから戦争は嫌だと言い続けた作家なんです」
昨今のドラマ視聴者はしんどいものを見ることに抵抗があるという。そんな中であえての戦争描写を書くことを決意した。だがそれだけでなく、エンターテイメントに仕立てる工夫も考えている。
「実はそこに一番力を入れていると言ってもいいくらいで。深い悲しみを味わわなければ喜びも幸せもわからないだろうという気持ちで書いています。それがやなせさんの作風であり、人生だと思うんです。
何も失わない人生なんてないですよね。死や別れは誰もが経験することで、やなせさんはお父さんを幼い時に亡くされて、お母さんに捨てられて……といろいろな別れを、通常より早く経験されました。
戦争が始まると、さらに失うものは増えていきます。戦争のない平和の時代には、そんなに辛いことはたくさん起こらないと思うのですが、やなせさんが生きた時代には戦争があった。その深い悲しみを何度も乗り越えてきたからこそ『アンパンマン』が生まれたのだと思います。
やなせさんは私がお会いした頃、すごく明るくて、冗談がお好きだったんです。やっぱり人生に辛いことがあるからこそ、楽しい物語が必要だし、楽しい音楽が必要だし、やなせさんはそういうことをとてもよく考えていた方なのだろうと思って。
私もその精神を継いで、ドラマの前半はつらいことがずっと続くけれど、それをどうやって楽しく面白く、皆さんに届けられるか考えました。顔合わせでも『つらいことが続きますけど、それでも毎日毎朝見て元気になれるドラマにしたいので、みんな楽しく明るくやってください』とお願いしました。
特にヤムおんちゃん役の阿部サダヲさんにそれをお願いしたら、それに応えてちゃんとやってくださって嬉しいですね」