猪木さんの運転するキャデラックに乗せられて、俺は後部座席に座っててさ。緊張して何もしゃべれないんだよ。そしたら猪木さんが「なんだコイツ、寝てるのか?」と思ったんだろうな。何度か後ろを振り向いてたよ。

 同じ団体とはいえ雲の上の人だから、当時はまともにしゃべれなかったんだ。まあ晩年は、猪木さんと一緒に酒を飲ませていただいて、チンコの話をしたりするようになったけどな(笑)。

 話を戻すと、猪木さんの車に乗せられて「どこに行くんだろう?」と思ったら、倍賞美津子さんの実家だったんだ。

プライベートなすき焼きパーティに
付き人を招く猪木の優しさ

 2棟ある大きな家でな。その駐車場で開いた家族のすき焼きパーティに俺を招いてくれたんだよ。

 隣に倍賞千恵子さんがいて、「藤原さん、お肉食べる?お肉と野菜と……はい、どうぞ」なんてよそってもらったりして。こんな家族のプライベートなすき焼きパーティに付き人を連れてくる必要なんかないのに、猪木さんはそういう優しいところがあるんだよ。

 あのキャデラックにはいろいろ思い出があるな。

 猪木さんはいちレスラーではなくて新日本の社長として事務仕事をやって、プロモーター業もやって忙しいから、練習に来るのはいつもたいてい深夜なんだ。それもいきなり来るから、夜はみんな寮でリラックスしているけど、俺だけはピリピリしていたな。猪木さんが来たらすぐに練習できるように、練習着なんかも準備してね。

 そして猪木さんが来るのはキャデラックのエンジン音でわかる。茶色ででっかいキャデラックに乗っててな。

 新日本道場の前の道っていうのはすごく狭いんだよ。しかも住宅地で入り組んでて、角にはコンクリートの柱が立っていたんだけど、一度、猪木さんはその柱にぶつけたままハンドルを切ってバリバリバリバリッて車体を傷つけたことがあった。あれは修理代が大変だっただろうな(笑)。

 昔のキャデラックだから、今では信じられないくらいでかい車でな。道場の前の道は狭いんだから、もうちょっと小さめの車にすりゃあいいと思ったんだけど、あの大きなキャデラックに乗ってる猪木さんが、みんなの憧れの的だったんだよ。

長年のスパーリングで
人柄までもわかるように

 俺は猪木さんのトレーニングパートナーをやってたんだけど、あれってなかなか大変なんだよ。自分の練習ではなく、あくまで猪木さんのための練習だからな。寝技のスパーリングにしても、やり合いながらも「どっちが取るか」という練習じゃなくて、猪木さんが攻めたり守ったりするための動きが求められる。スパーリングっていうのはコンディションの調整でもあるからな。