先輩はあっけらかんと言いました。
「楽しいから笑うのではない、笑うから楽しいのだ」という、アメリカの哲学者で心理学者のウィリアム・ジェームズの名言があります。
つらいことがあっても、口角を上げて笑うと、幸福ホルモンの「セロトニン」や不安やストレスを軽減する「ドーパミン」の分泌が促され、気分が上向きます。先輩はそれをわかっていたから、カウンセリングの原則をあえて破ったのです。
相談者の悩みを笑うだなんてとんでもないことかもしれません。しかし、カウンセラーが笑うから、相談者の気持ちが楽になる。そういうこともあるのです。
笑えばつらいことは半減する
名のある心理学の権威が
相談者に白旗を揚げた理由
また、こんな人もいました。とても高名な心理学の先生です。先生のカウンセリングのデモンストレーションを見る機会がありました。貴重なチャンスなので、私は食い入るように先生の一挙手一投足、一言一句に目と耳を傾けました。
しっかり相談者の目を見て、うなずいて、相づちを打ちながら話を聴くのが、カウンセリングの基本。しかし先生は相談者をあまり見ることなく、うなずきもあいづちもあまり打たないではありませんか。どこか片手間で聴いているような、そんな印象も受けます。
なんで?そんな態度でいいの?相談者が不安になるのでは?
私は、疑問を抱きながら見ていました。
相談者がひとしきり話し終えると、先生はやおら、こう言い放ったのです。
「うーん。お手上げ!」
ええーっ!私は椅子から崩れ落ちそうになりました。それまで習ってきたものとはまったく違うカウンセリング。いわば常識外れのカウンセリングです。しかし、そう言われた相談者は、笑っています。安堵の表情さえ見せていたのです。
先生が放った「お手上げ」は、「私が提案できることを、あなたは全部やり尽くした。十分頑張ってきた」という承認を伝える言葉でした。そのひとことで、不安になっている相談者の「承認欲求」を満たしていたのです。
普通、カウンセラーは、相談者に「お手上げ」などと言えません。突き放すことになってしまうからです。でも、承認欲求を満たし安心してもらうには、こんな方法もあるのだと目から鱗が落ちました。