試用期間中だし、会社を辞めてもらうことにしよう

 2人はしばらく考え込んでいたが、C部長が口を開いた。「A君には気の毒だが、会社を辞めてもらおう。まだ試用期間中だし、事情が事情だからたぶん納得してもらえると思う。彼には私から話すよ」

 翌日、C部長はAに面会し、今週末付けで会社を辞めてもらいたいと話した。しかしAは食い下がった。

「自分は甲社でずっとがんばりたいんです。どうか、復帰のチャンスをください」

「君の気持ちはわかるが、これまで新入社員に長期間の休職を認めることはしていない。君だけ特別ってわけにはいかないよ」

試用期間中の労働契約は?

 重い気持ちのまま面会を終えたC部長が会社に戻ると、応接室でD社労士が待ち構えていた。

「C部長、依頼されていた新しい人事考課システムと賃金体系が完成しました」

「あっ、そうか。今日はそのシステムの説明を受ける約束をしていたんだった。バタバタしててすみません」

「私も今来たばかりだから大丈夫です。あれ?顔色が悪いようですが、何かありましたか」

「実は新入社員が大ケガをして、今病院へ見舞いに行ってきたところです」

 D社労士にAの件の一部始終を説明したC部長。最後に「会社の判断として、A君に辞めてもらうのは間違いじゃないですよね?」と尋ねた。

<試用期間中の労働契約について>
(1)試用期間中は、当該社員の本採用可否について、自社の基準と照らし合わせて判断できる期間であり、不適格と判断した場合は締結している労働契約を解除できる(「解約権留保付労働契約」という)。
(2)試用期間中の解雇理由は、本採用後に比べ広範囲で認められているとはいえ、企業側の一方的な解釈で認めるものではない。一例を挙げると「働き始める前には分からなかった、あるいは分かるはずがなかった問題点が、働いてみて初めて明らかになった場合」であり、しかも、その解雇が合理的で妥当だと客観的に判断できることが必要である。
(3)試用期間中に私傷病により休業し、長期欠勤を余儀なくされるなど復職が困難である場合、(2)の要件により解雇が認められる可能性がある。
(4)しかし比較的短期間の休業により復職できる可能性がある場合に、試用期間中だからといって即座に解雇すると、不当解雇扱いになるケースがある。
(5)傷病が業務上労災扱いの場合は、法律による解雇制限の定めがある。
<参考>労働基準法第19条第1項:業務によるけがや病気の治療のために休業している従業員については、休業中とその後30日間は、原則解雇をしてはならない。

「解雇」以外の方法もあるのでは?

「Aさんの場合は、大ケガをしたことは突発的なことであり、会社では予測ができないことです。しかも退院するまで3カ月はかかること、状況的に営業課の職場復帰はもっと後、もしくは無理かも知れないこと、他部署への配置転換が難しいことを考えると、本採用拒否は可能かもしれません」

「そうですよね?会社としては不本意ですが仕方ありません。もちろん辞めてもらうときは解雇予告手当を支払うなどして、きちんと手順は踏むつもりです」

「しかし待ってください。今すぐ結論を出す前に、解雇を回避する手段があるかどうか検討する必要があります」

「検討って、どんなことですか?」

<解雇を回避する手段の一例>
(1)休職制度を利用する
会社に休職制度が設けられており(就業規則の明記が必要)、なおかつ試用期間中の社員が適用除外とされていない場合、休職の発令をせずに私傷病を理由に本採用を拒否することは、休職期間終了後も回復の見込みがないことが明らかであるなどの事情がない限り、解雇扱いが無効となり得る。
(2)Aの了承を得て試用期間を延長する(就業規則に明記されていることが多い)

「会社には休職制度がありますが、原則入社半年後からしか利用できません。A君の場合のみ特例を認めるのは、ちょっと……」