「氏名、年齢、住まい、正体は掴んでいるのか」
「Eと言うようです」
「役員、これをどうしたいのですか」
「出来れば追い出したいです」
「そうでしょう、出入り禁止にしましょうよ」
入店規制や出入り禁止にすることは、内容次第で可能です。
しかしEさんと対等に話す度胸のある社員はおらず、ならば、過去の事例を具体的にまとめたものを見て対応しようということになりました。まとめられた書類は温情的に書かれており、そんなものでけりが付くとは思いませんでしたが、私は敵を知るために、Eさんの起こした事例についてじっくり読んで予習しておきました。
巧妙な手口でターゲット社員を
追い込んで楽しむ「カスハラ王」
ちなみに、この事件の舞台は2000年代初期の頃です。当時はカスハラという言葉はないのですが、実態としてはあったのです。Eさんは、いじめが趣味の、まさにカスハラの王様といえる人物でした。
現在は、国が規制を掛け、都道府県が条例や規則を作成しているタイミングですので、お客様を出入り禁止にするのはより容易でしょう。
そして3カ月後、対決のときが訪れます。問題となったのは、『徳川家康』の単行本、全26巻、山岡荘八著の棚です。ご存じないかもしれませんが、棚の本と同じ物はその下の引き出しに入れて在庫とすることが多く、仕事の簡略化をしています。
しかも、『徳川家康』のように26巻もあるものはめずらしく、1から3巻くらいまでは2冊展示し、仮に1巻が売れても、同じ1巻が残るよう品だしをし、その他は各巻1冊ずつ並べる書店が多いようです。
カスハラの手口は以下の通りでした。来店し、担当が若い女性と見ると、2巻のうち1冊を他の棚に移動して、しばらく様子を見ます。そして担当者が離れた隙に、もう1冊を分かりづらいところに隠したうえで、在庫の引き出しを開け、在庫のないことを確認してから、その女性に訊ねるのです。
「山岡荘八の徳川家康の単行本で、2巻を探しています。出張で時間がないのですが」「はいこちらにあります」と女性社員は答えるが、あるべき場所にない。慌てて「少々お待ちください」と声をかけ探します。男は素知らぬ顔で別の棚の単行本を見ています。担当の女性は、30分前は2冊あったのだからと思い、探し回ります。