ルイ・ヴィトンのパリ本社に17年間勤務しPRトップをつとめ、「もっともパリジェンヌな日本人」と業界内外で称された藤原淳氏が、パリ生活で出会った多くのパリジェンヌの実例をもとに、パリジェンヌ流「最高の自分になるための神習慣」を提案したのが、著書『パリジェンヌはダイエットがお嫌い』。かつて痩せることに時間と労力を費やし、「痩せればいろいろなことを解決できる」と頑なに信じていた著者。しかし、多くのパリジェンヌと出会った今、その考えは根本から間違っていたと言います。パリジェンヌのように自身と向き合い、心身のバランスを整える習慣を日々実践することで、自分らしい美しさと自信を手に入れることができるのです。この記事では、本書より一部を抜粋、編集しパリジェンヌのように幾つになっても魅力的に生きる秘訣をお伝えします。

【日本の常識はパリの非常識】「理想体重」に追い込まれていた私が、医務室で気づいた“ほんとうに大事なこと”Photo: Adobe Stock

理想体重に執着し、心も体もすり減らしていた日々

 入社して数年過ぎた頃、私は仕事に忙殺されていました。そして相変わらずの会食続きで増える体重が気になるため、痩せることにまだまだ執着していました。ちょうどその頃、数年連れ添ったフランス人のパートナーと離婚訴訟中だったこともあり、一人暮らしの私は自炊もせず、時には食事を抜き、体重をなんとか入社前の「理想体重」まで減らそうと躍起になっていました。

 そんな時、貧血で2回ほど、仕事中に倒れてしまいました。一度目はパーティーの最中、二度目は会議中です。会議が終わる頃に立ち上がった瞬間めまいがし、そのまま倒れてしまったのです。

 本社の医務室に運ばれた私は力なく横たわっていました。体はどうということないのですが、二度にわたり失態を晒(さら)してしまったため、気分は最悪でした。起き上がる気力も起こりません。

 そこに駆けつけてくれたのは上司のジュリエットです。いつも世界中を飛び回っている彼女は、「その細い体のどこにそんな体力が?」と感心してしまうくらい、エネルギッシュな女性です。ちょうど40代に差し掛かった彼女はハンサムな旦那様に愛くるしい子どもが2人います。素晴らしいキャリアに幸せな家庭、そして誰もが羨む美貌とスタイル。私にないものを全て持っているような、憧れの女性です。

 忙しい合間を縫って様子を見に来てくれたのは嬉しいのですが、私は穴があったら入りたい気分でした。キラキラな彼女にボロボロの自分を見られるのがいたたまれなかったのです。

 ジュリエットは

「大丈夫なの!?」

 と叫びながら医務室に飛び込んできました。

「ただの貧血よ。頭も打っていないし、しばらく安静にしていれば問題ないわ」

 そう言うナースはおたふく顔の優しそうな年配の女性です。ただ、

「二度目という点が心配なので、近いうちにきちんと血液検査をしなさい」

 と言います。鉄分やビタミンが不足している可能性が高いと言うのです。そんなナースの助言をやり過ごしながら、

「午後の会議には穴を開けずに済みそうです」

 そう言いかけると、ジュリエットは私を遮って言いました。

「そんなもの、なんとでもなるからとにかく安静にしていなさい」

 いつもは仕事一辺倒、人一倍要求度が高い上司がそう言うのですから、私はなんだか申し訳なく、いつになく強がっていました。

「もう気分は良いから全然大丈夫です! 大したことありません」

 すると、ジュリエットは厳しい顔で言いました。

「体が危険信号を発しているのよ。労ってあげなきゃダメじゃない!」

 この業界でキャリアを積み重ねていきたいのであれば、「体は大事な資本」であること。そして体調管理は「自己責任」でもあること。耳が痛い言葉を続けざまに浴びせられた私は気が弱っていたこともあり、打ちのめされた気持ちでした。

 そんな私の顔を見たジュリエットは口調を和らげ、ため息をついてから言いました。

「あのね、私もそうだったの。だからよくわかるの」

 駆け出しの頃、別のブランドに勤めていたジュリエットは摂食障害を起こし、精神不安定で入院した経験があることを教えてくれました。そして今でも生理不順や肌のトラブルに悩まされていると言います。そしてそれはすべて、若い頃に無理なダイエットを繰り返していたからだと言うのです。

 完璧の代名詞のようなジュリエットがそう言うのですから、私はとても信じ難く、言葉を失ってしまいました。

「無理なダイエットを続けると体は確実に老けるのよ」

 アート記者のマリアンヌと同じことを言うジュリエットです。それを横で聞いていたナースもこう付け加えました。

「その通りよ。今食べているものが、10年後、20年後の体を作るのよ。ダイエットはいますぐやめなさい」

自分を追い込まなくてもいい――初めて知った安心感

 貧血で二度も倒れたのに、「大したことない」と強がっていた私は考えさせられてしまいました。案外「大したこと」なのかもしれない。そう思い始めたのです。

「貧血で倒れたことに感謝しなきゃね」

 ジュリエットはそう言い残すと、慌ただしく医務室を去って行きました。

 さすがに反省した私ですが、不思議と少し癒やされていました。理想の女性だと思っていた上司の苦労話を聞き、「自分だけじゃないんだ」という安堵感に包まれたのです。そして、

(自分をそんなに追い込む必要はないのかもしれない……)

 そう思うとなんだか肩の荷がおりたような、晴れやかな気分だったのです。

 医務室には柔らかな光が差し込んでいます。私はその日ばかりは上司の言葉に甘え、午後いっぱい、陽だまりの中でゆっくり休ませてもらったのでした。