みずほ銀行、三菱UFJ銀行、DBJなど
日本の金融を形作った銀行家らと蜜月関係

 辻トシ子と小林との関係をひもとくには、そもそも日本開発銀行がどういう成り立ちの銀行だったのかが鍵となる。実は、同行の資本の元手は、戦後の米国からの対日援助物資の売却益だった。GHQ経済顧問のジョセフ・ドッジからの要請で1947年に設立された特別会計「米国対日援助見返資金特別会計(通称:見返り資金)」の100億円(現在の貨幣価値で5480億円。大卒の国家公務員の初任給の倍率をベースに算出)が、1951年に創設された日本開発銀行の資本金に充てられ、日本の電力開発や鉄道、通信網の整備の原資になった。

 日本開発銀行からインフラ企業をはじめとした民間への巨額融資は極めて大きな利権になった。

 そこで一つの謎が浮かび上がる。なぜ日米合作の国策銀行ともいえる同行の初代総裁に、当時は比較的、地味な経営者だった小林が抜擢されたのか、ということだ。日本には、実績がある銀行家は他にも大勢いた。東京の日本外国特派員協会などを拠点に取材活動を行った米国人ジャーナリスト、ジョン・G・ロバーツとグレン・デイビスが共著の中で、この疑問に答えている。

「(GHQと日本政府の調整役だった)白洲次郎が彼(小林)を共通の友人である池田勇人(大蔵相)に推薦し、池田は彼(小林)を師である吉田茂(首相)に推薦した。(中略)吉田はそれまで小林のことを知らなかったため、アドバイザーの向井忠晴(三井物産の取締役で、のちに会長)に照会した。(中略)向井は小林を認め、即、採用されることになった」(『軍隊なき占領』)

 ロバーツらによれば、1950年前後に日本を反共産主義の砦にしようとした、いわゆる逆コースと呼ばれる政策を推進していた米国の元陸軍次官ウィリアム・H・ドレイパーが吉田に送った文書に、上記の小林の登用に関する解説を裏付ける記述があるという。

 同著でロバーツらは、「小林は、日本開発銀行の頭取に据えられてから、民間企業への見返り資金1400億円を融資し、その謝礼として借り手から保守派政治家に対する献金を受け取り、政財界に絶大な影響力をもつようになった」と結論付けた。また、「5年以上におよぶ(日本開発銀行総裁の)在職期間中に小林が振るった権力は、日本銀行総裁のそれを凌ぐものであった」というイェール大学のヤナガ・チトシ教授の見解を引用している。

 見返り資金は米国のひも付きだったため、その融資先についても米国の意向が反映された。つまり、小林が「影の財界総理」と称されるほどの力を持つに至ったことの裏には戦勝国との関係があった。小林を重用した池田や吉田と、辻トシ子が極めて近い関係にあったことは本特集の#10『政界の大立者から“遺産”を受け継いだ「昭和の女帝」辻トシ子が、吉田・池田・佐藤ら歴代首相を手玉に取れた理由』で明らかにした通りだ。辻トシ子は、父で政界最大の黒幕といわれた辻嘉六から、米国やGHQとの裏の人脈も受け継いでいた(詳細は本特集の#9『自民党のゴッドファザー・辻嘉六の“遺言状”を公開!児玉誉士夫、米情報機関とのつながりが判明…結党資金を鳩山に差し出した黒幕の遺産の行方』参照)。

東京・信濃町にある首相の池田勇人の私邸で1961年6月17日に開かれた「総理訪米壮行会」に出席した辻トシ子。池田はこの2日後にワシントンで、米大統領ジョン・F・ケネディと首脳会談を行った東京・信濃町にある首相の池田勇人の私邸で1961年6月17日に開かれた「総理訪米壮行会」に出席した辻トシ子。池田はこの2日後にワシントンで、米大統領ジョン・F・ケネディと首脳会談を行った

 辻トシ子の側近によれば、彼女は小林のことを「コバチュー」と親しげに呼び、頻繁に情報交換していたという。小林が融資した企業からの献金は、辻トシ子を通して宏池会などの保守勢力に流れていたのかもしれない(詳細は本特集の#15『政治史の研究者が“昭和の女帝”の裏の役割を喝破!「辻トシ子は政治家が直接扱えないカネの濾過器だった」青学・小宮京教授寄稿』参照)。

 小林に連なる、辻トシ子の金融業界の人脈の筆頭といえるのが、小林が総裁を務める日本開発銀行理事から日本興業銀行頭取になった中山だ。中山は、辻トシ子がインタビュアーを務めるニッポン放送のラジオ番組「日本を担う人々」に1965年に出演。中山が辻トシ子に「どうですか。あなたも興業銀行へ志望なさったら(笑)」と問いかけ、彼女が「そのうち使っていただきます(笑)」と答えるなど、軽口をたたき合う仲だった。

 さらにその人脈には、日本興業銀行頭取、みずほホールディングス会長を務めた西村正雄や、富国生命保険社長の秋山らが続く。西村は「ハンサムだったため、辻トシ子がとりわけ可愛がっていた」(彼女の側近)という。

後に日本興業銀行の頭取を務めることになる西村正雄と辻トシ子。1986年にホテルオークラで開かれた結婚披露宴で後に日本興業銀行の頭取を務めることになる西村正雄と辻トシ子。1986年にホテルオークラで開かれた結婚披露宴で
小林中の秘書を20年務めた後、富国生命保険社長、会長になった秋山智史(2列目左端)と辻トシ子。2011年に開かれた彼女の個人事務所三十六会の50周年パーティーで小林中の秘書を20年務めた後、富国生命保険社長、会長になった秋山智史(2列目左端)と辻トシ子。2011年に開かれた彼女の個人事務所三十六会の50周年パーティーで

 

『昭和の女帝』書影

昭和の女帝
小説・フィクサーたちの群像

千本木啓文著

<内容紹介>
自民党の“裏面史”を初めて明かす!歴代政権の裏で絶大な影響力を誇った女性フィクサー。ホステスから政治家秘書に転じ、米CIAと通じて財務省や経産省を操った。日本自由党(自民党の前身)の結党資金を提供した「政界の黒幕」の娘を名乗ったが、その出自には秘密があった。政敵・庶民宰相との壮絶な権力闘争の行方は?

「昭和の女帝」の鶴の一声で、住銀のJTへの融資が復活!オイルメジャー・JA全農・電力会社をも操る“神通力”の正体「昭和の女帝」の鶴の一声で、住銀のJTへの融資が復活!オイルメジャー・JA全農・電力会社をも操る“神通力”の正体「昭和の女帝」の鶴の一声で、住銀のJTへの融資が復活!オイルメジャー・JA全農・電力会社をも操る“神通力”の正体「昭和の女帝」の鶴の一声で、住銀のJTへの融資が復活!オイルメジャー・JA全農・電力会社をも操る“神通力”の正体
『昭和の女帝』ドキュメンタリー動画