辻トシ子の結婚の仲人は児玉?
それを弟分、藤井裕久が否定したことの意味

 それでも、辻トシ子が児玉とのつながりを明かすことはなかった。

 児玉は、暴力団と深く関わっており、企業からカネを取る総会屋とも親しかった。辻トシ子が面倒を見ていた、中央省庁の官僚の天下り先になっているような既得権益を持つ企業が、総会屋から被害に遭うことも少なくなかった。

 表の世界で官僚や政治家と付き合っていた辻トシ子としては、児玉のような裏社会のドンとのつながりを認めるわけにはいかなかったのかもしれない。

 辻トシ子の個人事務所、三十六会が入居していた日本自転車会館の地下1階にあった割烹「たいへい」の元女将で、彼女の側近だった大﨑ひろみによれば、辻トシ子は事務所でも自宅でも、児玉の「こ」の字も発しなかった。あるとき大﨑が、児玉との関わりについて聞くと、「あんな暴力団みたいな人は知らないわ」と、強い拒絶感を示したという。

 ところが、である。実は、児玉のほうは辻トシ子について度々、言及していた。

 彼は、ジャーナリストの大森実が1974年に行ったインタビューで、辻トシ子と部下を結婚させたと述べているのである(『戦後秘史1 日本崩壊』)。

「(辻トシ子の)亭主が私のとこの経理部長をやってたんです、結婚して。それは日本航空(編注:正確には戦時中に存在した国営航空会社、大日本航空)から私が引き抜いたやつです。(中略)日本航空というのは、上海に着陸するでしょう。宿屋だって(出張や転勤で来た社員は)みんなカネがないじゃないですか。全部、児玉機関の宿舎に泊って、給料は全部ぼくの方で応援したんです。(中略)上海では(物価が)バーンと上がっちゃったでしょ。一晩だって泊まれませんよ。あの月給では。(中略)で、まあ、日本航空に若い社員があったから、『これをくれ』ともらってきて辻(嘉六)の娘と結婚させたんです。それが終戦後別れて、その別れた亭主が……細入彦作といいます」

 確かに、辻トシ子は離婚するまで細入トシ子を名乗っていた。

 結婚を巡る児玉の証言は、児玉との関係を表沙汰にしたくなかった辻トシ子にとっては迷惑この上なかっただろう。

 彼女の結婚を巡っては、弟分で、元財務相の藤井裕久が公の場で、児玉の話と相反する証言をしている。

「これ言っちゃっていいんですな。(辻嘉六の主治医をしていた)私の父親の患家で、もう一人男の人がいました。その人と(辻トシ子に)見合いをしてもらいました。そうして結婚をされました。しかし今独身でいらっしゃることはお分かりの通りでありましてね。そういう方でいらっしゃることは言っていいんでしょ? 辻さんが83歳と言った以上はかつて結婚をされたということも言っていいと思いますので申し上げました」(2001年に開かれた三十六会の40周年を祝うパーティーで)

 他の政治家が、辻トシ子を賞賛するありきたりなスピーチをする中で、藤井のこの発言はいかにも唐突で違和感があった。児玉による暴露話を打ち消す狙いがあったのではないか。

 ちなみに筆者は、生前の藤井に辻トシ子と児玉の関係を聞いてみたことがあった。藤井は質問に対して若干、戸惑った様子を見せた後で、「これはね辻トシ子さんは一切語っておりませんので……、児玉は、辻嘉六とのいろいろな縁があったということは事実としてうかがっていますけれども、辻トシ子からは児玉のことは一切聞いたことがありません。縁が切れてたのか、私たちの知らない世界で付き合ってたのか、それは私には分かりません」と答え、否定も肯定もしなかった。

 実は、他にも、児玉が辻トシ子のことを語ったことがある。

 何と、児玉は、辻トシ子に平手打ちをしたというのだ。児玉と彼女が会ったのは、児玉が巣鴨プリズンから出所した日で、辻嘉六の葬儀の当日だった。その日、児玉が辻邸の庭に埋めて隠していた海軍のラジウムを、辻トシ子を含む遺族が財宝だと勘違いして「今から掘り起こす」と息巻いていた。それを聞いて、拘置所から急行してきた児玉が遺族を一喝したのだ。

 児玉は次のように語っている。

 遺族らに言ったセリフとして「こら、よく聞け。お前ら、この庭に埋っているものは金じゃないんだ。プラチナでもない。これは海軍のラジウムだ。お前らが手でこれを迂闊に扱うと放射能を浴びるんだ。それを兄弟で分けるのどうするのとはもってのほかだ。(中略)『おれは許さん、お前たちのきたない根性は許さんぞ。歯を食いしばれ!』っていいましてね。女も男も、みんなビンタをはっていったんだ、順々に。(中略)そのときに、いま通産省に出入したりなんだりして、女だてらにアパートなどを作ったりしている、あれがねえ……、あれが、いまでも恨んでいるそうですよ、葬式場でぶんなぐられたっていってね。ずいぶんなぐりましたよ」と話した。ここで“あれ”というのは辻トシ子のことなのである。

 結婚相手を選んだとか、平手打ちをしたとか、とにかく児玉は辻トシ子に対してマウンティングをしているような印象がある。「保守本流の女帝」などと称されて、永田町に君臨していた彼女にとっては迷惑千万だったに違いない。

 他方で、辻トシ子にとって児玉の存在は邪魔なだけだったわけではなさそうだ。彼女は、政財界の調整役だった。しかし、全ての案件が丸く収められるわけではない。最後に頼る何らかの暴力装置的なものは必要だったと考えられる。その点で、辻トシ子の裏には、児玉という“怖い”存在が見え隠れしていた。父の辻嘉六と児玉が昵懇の間柄だったことは政界、官界、財界に知れ渡っていたのだから当然である。


 

『昭和の女帝』書影

昭和の女帝
小説・フィクサーたちの群像

千本木啓文著

<内容紹介>
自民党の“裏面史”を初めて明かす!歴代政権の裏で絶大な影響力を誇った女性フィクサー。ホステスから政治家秘書に転じ、米CIAと通じて財務省や経産省を操った。日本自由党(自民党の前身)の結党資金を提供した「政界の黒幕」の娘を名乗ったが、その出自には秘密があった。政敵・庶民宰相との壮絶な権力闘争の行方は?

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