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佐藤一郎のパースペクティブ

民主主義の手段としてのオープンデータ

佐藤一郎 [国立情報学研究所・教授]
【第8回】 2013年7月16日
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 さてゼンリンは年間延べ28万人の調査員が、全国一軒一軒の表札を調べて、住宅地図を作っているそうで、そのコストは相当なものになっているはず。残念ながら、その金額は公開されていないので、当方が勝手に推測させていただくと、仮に調査員の一日の人件費が1万円としましょう。のべ28万人におられれば、調査員の人件費だけで年間28億円かかる計算になります。その調べた表札情報を地図に入力・更新するコストやシステム費用などを含めると、年間40億円近くかかっているのではないでしょうか。

 ここで問題なのは、実は住宅地図作成会社と地方自治体は重複した情報を持っているということです。住宅地図の基礎となる表札とは住民の氏名であり、それは地方自治体が管理している住民票の情報と基本的に同じです。つまり、住宅地図を買う側である地方自治体は、ゼンリンなどの住宅地図作成会社が、大きな手間とコストをかけて調べている情報をすでに持っているということになります。

 仮に地方自治体が住民票データの一部、例えば住民の名字だけを住宅地図の作成会社に提供できれば、住宅地図の作成会社は調査費用を大きく下げることができ、その見返りに行政機関に安価に地図情報を提供できるはずです。しかし、現実は互いに相手が欲しい情報を持ちながら、それを活かせておらず、その結果として互いにコスト高になっています。

 もちろん、住民票のデータはその一部であっても第三者利用は認められているわけではないですが、一方で同じデータを住宅地図作成会社は人海戦術で集めています。実質的な影響と経費削減効果のバランスを考えることも重要だと考えます。

理念と現実の狭間

 次の疑問点は、理念が優先されると、利用・再掲載できるデータが少なくなってしまうのではないかということです。

 オープンデータは、データを法的・技術的制約を受けずに全ての人が望むように利用・再掲載できることが理念になっています。しかし、現実には制約なしで利用・再掲載できるデータは少なく、むしろ何らかの制約のもとで利用・再掲載ができるデータが多い。

 例えばデータの利用者が限定されているデータもあるでしょうし、個人情報を含む一部のデータを削らないと利用・再掲載できないデータもあるでしょう。前述の地方自治体と住宅地図作成会社にしても、オープンデータの理念に従って、全ての人に制約なしで地図情報と住民情報の利用・再掲載を認めたら、個人情報の漏洩の問題が生じますし、住宅地図作成会社は収益源を失うことになります。オープンデータの理念は重要ですが、その理念に収まらないデータの取り扱いについて、データの活用を進める現実的な視点も重要なはずです。

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佐藤一郎
[国立情報学研究所・教授]

国立情報学研究所アーキテクチャ科学系教授。1991年慶応義塾大学理工学部電気工学科卒業。1996年同大学大学院理工学研究科計算機科学専攻後期博士課程修了。博士(工学)。1996年お茶の水女子大学理学部情報学科助手、1998年同大助教授、2001年国立情報学研究所助教授、を経て、2006年から現職。また、総合研究大学院大学複合科学研究科情報学専攻教授を兼任。
専門は分散システム、プログラミング言語、ネットワーク。

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分散システムの研究を核としつつ、ユビキタス、ID、クラウド、ビッグデータといった進行形のテーマに対しても、国内外で精力的に発言を行っている気鋭のコンピュータ・サイエンス研究者が、社会、経済、テクノロジーの気になる動向について、日々の思索を綴る。

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