ディズニーランドをつくった言葉

 そのひとつの要因は、ディズニーランドで使われている言葉にあるようです。ディズニーランドでは、スタッフのことを、アルバイトともホストとも呼びません。彼らは代わりに「キャスト」と呼ばれています。その言葉には、訪れるゲストをもてなすだけでなく、楽しませて魅了する「役者」であれ、というメッセージが込められています。

 また、キャストという言葉に合わせて、園内でゲストが楽しむ領域は、「オンステージ」、また、ゲストからは見えない裏側は「バックステージ」と名づけられています。

 スタッフやアルバイトではなくキャスト。労働ではなく演技。仕事場ではなくステージ。これらを、決して表面的な言葉だけの違いとは捉えないでください。言葉が世界を眺めるメガネであり、思考のためのOSであることをすでに述べました。「アルバイトとして仕事場へ労働しにいく」と考える人と、「キャストとしてステージで演技をしにいく」と日々考える人では、見えている景色も考え方も大きく異なるはずです。

 キャストという言葉は、自分がどのように働くのかを想像させる力があります。そのイメージを持ちながら教育を受け、現場で先輩たちから学ぶことで、イメージ通りのキャストになっていく。アルバイトではなくキャストなのだ、という意識が彼らを本物のキャストに仕立て、ゲストを魅了するストーリーを生みだしていくのです。

 清掃係の水たまりアートも、ジャングルクルーズのアドリブも、サービスをより良くする数々のアイデアも「お客様満足度ナンバーワンを目指せ!」という号令からは生まれてこなかったのではないでしょうか。

 また、もしもディズニーランドが「キャスト」という言葉の代わりに、「最高のホスピタリティカンパニー」という言葉でアルバイトに指示をしていたら、どうなっていたでしょう。新人がその言葉を聞いても、何を実践していいかわからないはずです。目指すべき具体的姿が浮かばない言葉は、「がんばれ」以上の意味を持ちません。

 同じくホスピタリティの素晴らしさが賞讃されている場所として、リッツ・カールトンというホテルが挙げられるでしょう。リッツ・カールトンはモットーとして、次の言葉を掲げています。

紳士淑女をおもてなしする私たちも紳士淑女です
(We are Ladies and Gentlemen Serving Ladies and Gentlemen.)

 リッツ・カールトンで働いているのは、「ホテルの従業員」ではない。ホテルで働く紳士淑女たちは、この言葉が書かれたカードを常に持ち歩き、自分たちの行動が紳士淑女の名に相応しいかどうかを問いかけているのです。

 ディズニーランドやリッツ・カールトンのサービスに他とは違う心地の良い「何か」を感じたとしたら、その正体は、言葉でできた魔法なのかもしれません。(続く)

第3回は7/30掲載予定です。


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著者紹介
細田高広(ほそだ・たかひろ)
一橋大学卒業後、博報堂にコピーライターとして入社。Apple、Pepsi、adidas、Nissanなどのブランド戦略を手がける米国のクリエイ ティブエージェンシーTBWA\CHIAT\DAYを経て、TBWA\HAKUHODO所属。クリエイター・オブ・ザ・イヤー・メダリスト、カンヌライオンズ、CLIO賞、ACC賞グランプリ、東京コピーライターズクラブ(TCC)新人賞、ロンドン国際広告賞など国内外で受賞多数。通常の広告制作業務だけにとどまらず、経営層と向き合って数々の企業のビジョン開発に携わるほか、経営者のスピーチライティング、企業マニフェスト、ベンチャー企業支援、新規事業や新商品のコンセプト立案などを手がけてきた。「経営を動かす言葉」「未来をつくる言葉」といったテーマで学生への講義や社会人への講演も行っている。経営と言葉という、今まで無視されがちだった領域に光を当てる、クリエイターとしては異色の存在。