【技術4】抜き書きで進む本の咀嚼

 本の抜き書きは、かなり手間がかかります。それでも、一度くらいは試しにやってみてほしいと思います。やってみない限り、その効果のほどはわからないからです。

 まず、抜き書きは、記憶への定着を助けてくれます。『本の運命』(文春文庫)によると、作家の井上ひさし氏は、新聞や本で「『ウン?』と思ったこと」を、「書き抜き帳」という大きめの手帳に何でも書き写していたのだそうです。参照のことを考えて、出典とページ数だけを書いておくと言います。

「そんな手帳が、1年にそうですね、5、6冊になりますか。それに番号さえ振っておけば、不思議に『あれは三冊目のあの辺にあったかな』ってわかるんです。手が覚えているんですね。ただ、文章をそのまま写してるだけなんですが、それが一番いい記憶法だということがわかりました」(同書)

 書き写しではなく、「要約でいいのではないか」という声もあるでしょう。けれど、著者の意図を損なわないような要約は意外と難しいものです。実際にやると、抜き書きよりずっと頭を使うので、書くのが億劫になります。やめておいた方がいいでしょう。

「ただ、文をそのまま写すだけ」というように、単純化しておいた方が、考えることなくすぐに作業に移ることができます。また作業量=文字数なので、どのくらい時間がかかるかわかりやすい。それにあとで読書ノートを参照したときも「これは引用か自分の要約か」と迷わないで済む。何かと都合がいいのです。

 抜き書きの2つ目の効果は、理解が深まることです。書き手の思考をなぞった、文章に込めた仕掛けに気がつくことがよくあります。本書の趣旨から外れるので詳しくは書きませんが、文章修行の一つとしても有効です。

 最後に、抜き書きをスムーズにするコツを書いておきましょう。それは、視点の移動をなるべく少なくすることです。本とノートとの距離が長いと、視点をノートに写す間に、書こうとした文を忘れてしまいます。行を飛ばしたりするミスも起きやすくなるので、本の上に付箋を貼ってそこに抜き書きしたり、本の上にノートを重ねるくらい密着させて書くのもいいでしょう。