日本で軽自動車が
一気に売れるようになった経緯

①徹底したマーケットイン

 高度成長期以降の国内自動車産業の発展は、自動車メーカーによる市場誘導の成果だ。モーターショー、テレビCM、さらには広報予算をつぎ込んだ自動車専門誌での車両紹介などで、「次はこんなクルマが流行る!」と庶民の気持ちを常に煽ってきた。

 つまり、徹底した作り手の論理、“製品ありき”のマーケティングによる「プロダクトアウト」だ。

 この手法は一般乗用車に対して積極的行われ、商用が主目的であった軽自動車については消極的だった。1980年代頃までは、軽自動車の乗用は一般的ではなく、商用と自家用の併用化が多かった。そうした実用重視のクルマに対して、スズキ、ダイハツ等の軽自動車メーカーは「使い勝手」に対する顧客の意見をディーラーを通じて日常的に拾った。これが結果的に、消費者の論理優先、“市場ありき”の「マーケットイン」型商品開発につながった。

 さらに「マーケットイン」は、ディーラーと顧客との関係をさらに強化することになり、顧客はスズキやダイハツに対して自動車製造者としてではなく、もっと身近な「自動車販売サービス者」という認識を強めていった。

②90年代半ばに起こった、主婦の「原付」離れ

 80年代、「ロードパル」や「パッソル」など排気量50ccの「原付(原動機付自転車)」が、スクーターを中心に大ブレイク。HY戦争、またはYH戦争と呼ばれたホンダ・ヤマハの激しい国内二輪市場争奪戦が起こった。「原付」は主婦や学生の「日常の足」になった。

1993年発売の初代「ワゴンR」。「トールワゴン」ブームの先駆けとなった Photo:SUZUKI website

 それが90年代に入ると、ブームは一気に終焉。90年代中盤には、主婦の足として軽自動車に注目が集まるようになった。その原動力となったのが、1993年に発売されたスズキ「ワゴンR」だ。同車はその後、「トールワゴン」と呼ばれるようになるが、全高が高く、室内空間を広々させ、さらに自家用専用を重視した設計とした。

日本国内の軽自動車のタイプ別シェア。スズキ「ハスラー」発表会での公開資料 Photo by Kenji Momota
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 原付と軽自動車では、価格は6倍以上違うし、普通自動車免許も必要だ。それでも、雨に濡れない、小さい子どもを乗せられる、さらに生活シーンのなかで多目的に使える等の利便性が重視され、軽自動車が販売を伸ばし始めた。「ワゴンR」の成功を受けて、ダイハツも「ムーヴ」を投入し、軽自動車の二強時代が始まった。だがこの時点ではまだ、軽自動車の税制優遇を意識した、普通乗用車からの「ダウンサイジング」は明確には起こっていない。